●他の健康戦略とのジョイント


 このシリーズでは医療費適正化への地域の取り組みとして、大阪府の後発医薬品(GE)使用促進の事業をテキストに考えてきた。今回は最終回。


 前々回、前回と保険者との連携を軸に、協会けんぽのまとめた府内の薬局に対して行う「ジェネリック医薬品に関するお知らせ~貴薬局の調剤状況について~」のなかから、6項目のインフォメーション内容を紹介したほか、協会けんぽ大阪支部がまとめた資料から大阪の後発医薬品使用促進に関する特徴と課題をみてきた。


 最終回の今回は、大阪府がとくに課題として重要視している高齢者のGE使用意欲の喚起についての大阪府の取り組みを紹介する。高齢者を直接的に対象にした医療費適正化対策としては、全国的には平均寿命と健康寿命の落差を埋めることが適正化、つまり高齢者医療費の節減に直接的につながるとの観点から、いわゆるピンピンコロリをめざす施策が中心となっている。


 基本的にはがん検診の充実、脳卒中対策としての塩分摂取コントロール、転倒防止などを目的とするロコモティブシンドローム対策、誤嚥性肺炎予防の各種の体操の呼びかけなどの取り組みが行われている。


 力点の置き方が地域で違うという課題はあるが、それぞれに健康寿命延伸策としては国民の理解は進んできていると言えるかもしれない。ただし、いまだにそれらの多くは効果測定が不十分であるし、例えば東北地方の一部では、塩分摂取の抑制で脳卒中発症率や死亡率は低下傾向にあるものの、高齢者の自殺が増加しているとの悩ましい“副反応”が出てくることも徐々に明らかになってきている。医療費的には、単純にみて自殺はコストを押し上げる要素にはならないが、それらの地域では自殺に至る高齢者の精神衛生対策が重要になることが示唆される。


 高齢者のうつ対策の必然に気が付けば、やはりコスト増が避けられない要素になってくる。筆者は以前、関東地区の公衆衛生行政を担う医師から、独居高齢者の半数以上にうつ症状がみられるとの話を聞かされたことがある。それが本当なら、団塊世代の後期高齢化が速度を上げるなかで、独居高齢者に対するコストは大きな問題になってくることは目に見える。独居高齢者対策が医療費の範疇に入るかどうかはわからないが、医療費が減ればいいという問題でもない。社会的コスト負担が移転するだけの話だ。


●大阪府のトライアル・イベント


 大阪府はGEの使用促進事業のひとつに、高齢者のGE切り替え意欲の低さにスポットを当てた「体験型小規模イベント」の開催を計画、その第1回目が11月14日、大阪府八尾市で開かれた。医療費適正化対策の一環としてGE使用促進事業が行われているという理解に立てば、こうした高齢者向けイベントの開催は、かなりオリジナリティを感じさせる。


 同事業のコンセプトは「個人の疾病予防・健康づくりとジェネリック医薬品」。それをキャッチにして「しっかり予防。いざというときは、“飲みやすい”という選択」というコピーもつけられた。この取り組みについて、大阪府はイベント開催趣意書で以下のような説明を付した。(注・一部筆者によって略)


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 国の薬剤料については、大阪府と東京都の2地域だけで全国の約20%を占める。このことからも、東京に次いで大阪府の取り組みは全国への波及効果が大きいものがある。


 また、大阪府の医療費3兆2193億円のうち、高齢者医療費(75歳以上後期高齢者医療費)は約1兆円と3分の1程度を占めている(2015年度)。


 かつ、全体の患者数に占める75歳以上の高齢者の割合も増加してきており、高齢者医療費は今後の高齢化進展によりさらに増加することが見込まれている。


 しかしながら、人口が多い一方で、全国的に見てもGEの使用率が未だに低調である後期高齢者の使用が進むことは、大阪府のみならず、全国的にみても医療費適正化の上で大きなインパクトがあると予想される。


 上記を踏まえ、あと1年あまりの間にGEの数量シェア80%を達成させるには、これまでの取り組みに加え、対象とする地域、層に向けたきめ細かい対応が必要と考えられる。


 さらに、国の政策方針である「健康予防の取り組み」と合わせた啓発が、使用促進の上でも、高齢者のQOL向上の観点からも有益であると考えられる。


 そこで、主要な保険者団体と協力し、高齢者を中心に、「健康と予防への取り組み講座」を中心に、体験型学習なども交えた「医薬品の適正使用(GEの製剤工夫等)」を併せて理解を得るイベントを開催する。


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 このイベントが、各所で行われている健康講座にジョイントして開催するとの考え方が明確に示されている。つまり、認知症予防などの市民講座的なイベントに、GEの使用促進デモンストレーションを組み合わせるというコンセプトを発信したことになる。


 地味であることは間違いないが、①高齢者ほどGEへの切り替えに消極的である実態についての理解を深める、②実際に製剤工夫などの認知を深めてGEへの認識自体を切り替える、③他の健康講座との連結――といった独自の戦略が明確に打ち出されていることに気付かされる。


 実際、11月14日に開かれたイベントでは、ロコモティブシンドローム対策に関する専門医のレクチャーに続いて、参加した高齢者を2グループに分け、1グループはロコモ対策の身体能力測定方法や簡単な運動の実践を伝え、もうひとつのグループはOD錠などのGE独自の工夫をアピールする実験へ参加した。


 GE体験グループには、日本ジェネリック製薬協会、地元の八尾市薬剤師会がスタッフを構成、水分に素早く溶けるOD錠を細かく紹介した。主催者には、参加した高齢者が40人程度と少なく、やや失望感があったのは否めなかったが。


●高齢者の意識改革のツール


 前回示したが、協会けんぽ大阪支部の試算では、GEのある先発品まで含めて、すべてGEに処方が切り替わった仮定で算定した、大阪府の「軽減可能額」は全体で6億7504万4672円程度にすぎない。GE使用促進、切り替えへの啓発は、先に示した大阪府のコンセプトでも示されるように、医療費適正化策の一環ではあるが、他の健康啓発策との一体化、併合によって、全体的な効果が期待できるものだ。


 その意味ではGE使用促進がその効果として、直接的な医療費抑制に期待するのではなく、とくに後期高齢者への健康寿命延伸策との一体化のなかで、推進される必要があるとの示唆も得られる。その効果が、単にGEへの切り替えだけでなく、ポリファーマシー対策、また医薬品全体の効率的な国民皆保険下での供給政策に関して、新たな地平を生むかもしれないとの期待にもつながる。新薬開発への意欲を萎えさせないためにも、健康全体に関する価値観の転換へ高齢者を誘う必要があるのだろう。


 大阪府の挑戦は、その本質的な目的について、多くの関係者の広範な理解を得る努力が今後も求められるかもしれないし、一定の効果測定を経て、全国に発信する意欲も必要かもしれない。少なくとも、薬剤費の低減化が、医療費適正化に資する期待値でその評価が行われてはならないように思える。GE使用促進が健康寿命に対する高齢者の意識改革ツールになることで、その効果は国民全体の利益に寄与するはずだ。(幸)