世界の紛争地域や貧困地域などで活動する医療チーム――。多くの人にとって「国境なき医師団」とは、その程度の認識だろう。時折、ニュースや記事で目にするものの、その実像はよく知られていない。
『「国境なき医師団」になろう!』は、作家・クリエーターのいとうせいこう氏が、〈「MSF(筆者注:国境なき医師団)に協力したくなる気持ち」「自分も参加できるのだという発見」のほうを重視〉して書いた一冊だ。〈自分の感情に近い書き方で〉記した前著『「国境なき医師団」を見に行く』の続編ともいうべきものである。
「医師団」という名称からは、医師や看護師など医療者の集団がイメージされるが、驚くことに〈ほぼ半数が非医療者〉。例えば、〈ノンメディカルの中には、紛争地や災害地に駆けつけてすぐテントなりコンテナなりを建てる、いわば建設業のような人々〉がいるという。
平時の日本では考えにくいが、紛争地域など衛生的な水や電気の確保も簡単ではない地域がある。水のタンクやポンプ、自家発電設備の設置など、通常、先進国の医療では考量する必要がないものから考えていかなければならないのだ。
国境なき医師団の活動は直接的な治療だけではない。例えば、〈東南アジアで性暴力が多発している地域に入り、生殖や女性の健康に関する啓発活動〉なども仕事のひとつだ。
国や地域、宗教が違えば文化も異なる。例えば、フィリピンでは〈男性は避妊を“男らしくない”と考えがち〉だという。異文化の人々と接したとき、柔軟に対処しつつ、啓発していくのは簡単ではなさそうだ。
国境なき医師団の「独立(資金が独立している)・公平(患者を選ばない)・中立(民族・宗教・政治的信条に関係なく等しく医療を届ける)」の3原則に加えて、感心したのが〈分散型のシステム〉である。
中央集権型の組織が、自然災害などの緊急時に、硬直的かつ機動性を欠くことは、先般の台風19号でも経験済みだ。
断水が発生した神奈川県の山北町では、陸上自衛隊の給水車3台が山北町に到着したものの、県側の都合で給水できなかった。結局、自衛隊の給水車は撤収することになったが、県の給水車が到着するまで約6時間、水が使用できない状態になったという。緊急時に手続きや中央の判断を持ち出すと、対応が遅れる典型だろう。
国境なき医師団では、緊急事態の発生から現地入りまでの時間として、48時間を目安にしている。事務局は世界38ヵ国にあるが、どこかひとつが全体を統括しているのではなく、緩やかなネットワークでつながりながら活動を行っている。〈独立した事務局が連携し、活動地のニーズや時流に合わせてまるで生き物のように変化していく団体〉だ。(国連安全保障理事会でのスピーチなど、国際社会に向けて発信する役割は「MSFインターナショナル」(ジュネーブ)という組織が担っている)。
〈集権型の組織は中央がどうあるかによって身動きがとれなくなりますが、分散型のシステムを構築することで独立性と機動力を高めて〉いるという。
■“第二の人生”として応募する中高年も
では、どんな人が国境なき医師団として活動するのか?
職員はプロとして採用され、きちんと給料が支払われるが、採用にあたっては、〈自分の考えを述べる積極性、ストレスに対応する力、限られたリソースで現場のニーズに対応できるよう、柔軟性や適応力も重視〉されるという。
年齢層もさまざま、多種多様な人材が応募してくるが、“第2の人生”として国境なき医師団をめざす人もいるという。採用担当者いわく〈年齢を重ねた方はその分だけ経験を積まれていますし、人を統率する力も鍛えられています。だから即戦力なんです〉。50代の正社員をターゲットにした早期退職が盛んに実施されているが、人生100年時代、セカンドキャリアとしての国境なき医師団は魅力的かもしれない。
とくに60代の医師は貴重なようだ。やる気もさることながら、医療機器が未発達な時代の医療の経験も豊富だ。細分化されすぎた現代の医者のように、「〇〇がないと診断がつかない」とか、「△△がないので治療できない」とか言わず、幅広い病気に対応できるのではないだろうか。
〈わたしたちは聖人なんかじゃないんです。日々悩みながら活動している普通の人間たちなんですよ〉という、職員の生々しい活動の実態についてはぜひ本書で読んでいただきたい。過酷な現実を知って、「私が参加するのはちょっと無理」という人でも、「国境なき医師団」の活動に協力できる。そう、「寄付」だ。わずか1500円の寄付でも、医療に恵まれない60人もの人に、はしかの予防接種ができる。(鎌)
<書籍データ>
いとうせいこう著(講談社現代新書900円+税)