筆者が管理する薬用植物園には11月下旬から12月上旬のこの時期にはほとんど花は無く、ナンテンやサンザシの赤い実、クチナシの橙色の実等が少々彩りを添えているくらいである。そこそこ気温も低くなって、長時間の外歩きは遠慮したくなるこの時期に、サフランが静かに葉を伸ばし、やがて、すうっと蕾が出てきて開花する。気候が良くてカラッと晴れやすい時期をすぎた、ちょっとうら寒い、冷たい雨降りが多くなる時期になってからなので、開花に気付くのが遅れることがしばしばある。


 サフランは小学校の水栽培用球根としてしばしば登場するクロッカスの非常に近い親戚である。属名は同じCroccusであるし、球根の外見や葉の様子、花の形等もそっくり。違うのは雌しべである。この雌しべが、生薬また香辛料のサフランになる。


 ひとつの花には、根元から3本に別れた1本の赤い雌しべと複数の雄しべがある。生薬・香辛料にするのはこの雌しべである。当然ながら、ひとつの花から1本しか採れない。ひとつの球根に咲く花は、栄養状態が良くて3個程度、野生に近い状態だと1個、また葉だけで花がつかない球根もある。収穫は手摘みが基本だが、開花から時間が経過すると雄しべの葯(花粉が入っている袋)に花粉がふいてきて、雌しべに黄色い花粉が付き始める。サフランとしては、次世代作りのために雌しべに花粉をつけたいはずなのだが、サフランという生薬・香辛料を収穫したい人間さまにとっては、この花粉は邪魔もので、サフランの品質評価を下げる原因となる。


ひとつの球根から咲く花は多くて3つくらい 


咲いたばかりの花。赤い雌蕊は3本に見えるが、よくみると根元は1本である。 


開花後1日も経つと雄蕊の葯から花粉が吹き出してきて、雌蕊につく 


 サフランは漢方処方に配合されることは無く、生薬としての利用は、昔ながらの一般用医薬品、家庭薬、配置薬等に配合される場合がほとんどである。滋養強壮のほか血液循環を良くして冷えなどの不調を整える効果が期待できるとして、多くの医薬品に配合されている。


 日本では生薬類も医薬品として取り扱うので薬価が定められているが、生薬の中でも最も価格が高いもののひとつがサフランで、10グラムとか1キロとかの単価で表示されることが多い生薬の薬価を、サフランは1グラム当たりの価格で表示することが多い。例えば、決明子(ハブ茶にもされるマメ科植物のタネ)は10グラムで7円弱、つまり1グラムでは1円未満の薬価であるが、サフランは1グラム当たりの薬価が400円弱である。即ち50グラムひと袋で20,000円である。重量で表示すると価格が高いように思うかもしれないが、乾燥させると1本の重量が0.1グラムに満たない雌しべを1本1本手づみする、そしてその元になる花を咲かせるために時間をかけて球根を太らせて準備する手間を考えると、一概に高価であるとは言えないように思うのである。


 高価な生薬ほど、良く似たより安価な生薬を混ぜたり、合成色素で色付けした偽物で増量したりされることが多くあるのだが、必然的にサフランもそんな偽物頻発生薬のひとつである。手口としては、色が薄くて品質の良くないサフランを合成色素で着色して整形するとか、紅花など色や形が似ている素材を混入するなど、さまざまであるが、本物は、コップに入れた水にそうっと浮かべると、鮮黄色の成分が溶け出し、真っ直ぐに線を描きながらコップの底に向かって沈降していく様子が観察できる。もちろん、専門家は生薬の味やにおいで判別できるのだが、まったくの素人さんでも判別できそうなのが、前述の方法というわけである。


 サフランの原産地はアジア地域とヨーロッパ地域の境目あたりのようだが、栽培はさほど難しくは無く、日本でも十分に可能である。手先が器用で作業が丁寧な日本人にはおあつらえ向きとも言えるのかもしれない。かつては熊本あたりで盛んに作られていたようだが、その独特の方法を継承する農家の高齢化が進み、後を継ぐ人もなかなか無くて、大きくて美しい日本産サフランは幻の生薬になりつつあるらしい。


 筆者も嘗て50グラム入りの熊本産サフランを自分へのご褒美にと購入してちびちび使ったことがあったが、1本1本が長くしゃんとしていて美しく、香りも色もにごりの無いサフランであった。比較すると、それまでに知っていた外国産サフランが短く黒っぽく見え、両者を並べるとまるで異なる生薬を見ているかのような気分になる。


(左)外国産サフラン、(右)熊本県産サフラン。長さ、太さ、色の鮮やかさ、まっすぐシャキッとしているか、など、いずれをとっても熊本産が優れている。 


 サフランは料理の黄色い色と独特の香りの元になる高級香辛料として、一般のご家庭でも使われる機会があると思うが、品質と安全性の基準を満たせば同じものが生薬としても利用される。サフランをたっぷり使ったパエリアやブイヤベースは、健康を意識した薬食同源の入門編としてわかりやすい例になるのではないだろうか。


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伊藤美千穂(いとうみちほ)  1969年大阪生まれ。京都大学大学院薬学研究科准教授。専門は生薬学・薬用植物学。18歳で京都大学に入学して以来、1年弱の米国留学期間を除けばずっと京都大学にいるが、研究手法のひとつにフィールドワークをとりいれており、途上国から先進国まで海外経験は豊富。大学での教育・研究の傍ら厚生労働省、内閣府やPMDAの各種委員、日本学術会議連携会員としての活動、WHOやISOの国際会議出席なども多い。