●医師や薬剤師の葛藤と国民の葛藤


 タスクシフティングが必要だという主張の根源はいったい何か。厚生労働省が始めた2019年6月からの一連のヒアリング、10月からの検討会の流れを見ると、すべてに「医師の働き方改革を進めるための」という前提が付されている。単純に言えば、医師が忙しすぎる、医師の超過勤務手当が正当に払われていないという問題意識、指摘が、医師の業務を多職種へ分散・分担することで解決したいということなのだろうと、今のところ筆者は単純に考えている。


 キーワードに「チーム医療」が掲げられ、それは高齢化社会における地域包括ケアの仕組みづくりのなかで、多様な医療福祉資格職種が協働する必要をも包含しており、よく言えば現代医療福祉、ヘルスケアのあるべき姿を体現させるための一種の国民運動的な“必然”の衣装をまとっている。一方で、その逆らい難い理想的な「地域包括ケア」の体現のために、医師からその裁量権を剥ぎ取り、他の職種への移転を図りながら、コストカットを図ろうという策略めいた目的も透視できるような印象も、実は捨てられない。


 むろん、前回も紹介したように、日本医師会は6月のヒアリングで、メディカルコントロール(医療統括)の主張を表明し、これまで医療遂行時の医師に集中した裁量権を手放す意思のないことを明らかにしている。「慣行」の変更を懸念し、危惧していることは明らかである。さらに、前回も指摘したが、新職種の創設の否定は、医療が少子高齢化、健康寿命の延伸、デジタル医療などといったキーワードで動き出したシステム変更・改革に「ノー」と言っているような印象につながる。どうしても後ろ向きに思えるし、医療職種間の現状のヒエラルキー死守に必死になっているような印象が伝わる。


 タスクシフティングの議論が動き始めたのは「医師の働き方改革」であることは確かだが、それが医療費の抑制に向かい、医師の所得制限へという具体的な危惧につながるのは仕方がない。しかし、タスクシフティングの必然が国民世論に急速に浸透しつつあることも直視しなければならないだろう。「タスクシフティング」という言葉ではなく、医師の働き方とその裁量の過大さに世論は改革への必然を感じ取り、さらにその先に医師の高額な所得がその業務の独占とそれによって招来されている「医師の多忙」によって作り出されていることにも、ネガティブな反応が拡大していることは間違いないのではないだろうか。


 前回触れた作家の五木寛之氏は、医師と薬剤師と栄養士が「同格で」協働することを求めるエッセイを書いた。「同格で」というところに、19年から議論が本格化したタスクシフティングの「肝」があり、医師の働き方改革是正にはその「肝」をいかにリアリティのあるものにしていくかが問われ、そしてそれが新たな医療システム構築、制度改正論議に直結していく構図を筆者は展望してしまう。


●0402通知は何を指し示す


 タスクシフティングの議論は何を目的とし、最終の着地点をどこに想定しているのか。ヒントになりそうな話は、薬剤師の業務に関する見直しの動きがテキストとなるかもしれない。ある地方薬剤師会幹部との懇談の席で筆者は、「(19年4月2日に厚生労働省医薬・生活衛生局総務課長が発出した)調剤業務のあり方についての通知(以後0402通知)は、タスクシフティングの議論と関連はあると思うか」と訊いた。彼は、タスクシフティング論議は医療費適正化が目的であって、0402通知とは意味が違うのではないかとの趣旨を語った。


 薬剤師会にとって、0402通知は、薬剤師の職務をかなり別職種に割譲する意味が含まれる。ことに、通知に示された「薬局における対物業務の効率化に向けた取組の推進に資するよう、情報通信技術を活用するものを含め」として、さらに議論を進めて別途に通知することを明確に伝えている。デジタル化によるオンライン調剤や、薬剤師の調剤実務の他職種への解放を示唆するものとなっている。


 そうした意味では、この通知が「医療費適正化」を直接的にめざすものではないことは明らかで、タスクシフティングがあからさまに医療費適正化を目的とするという印象とは距離があることは確かである。


 この稿が進んでいくうちに言及することになるが、看護師の特定行為研修とナースプラクティショナーに関する医師会と看護協会の対立は、傍らに露骨に医療費適正化への誘導が見えているからであり、その意味では0402通知はその景色は見えない。しかし、資格職種の見直しとその一部の周辺への割譲は、そこにかかる全体のコストカットへの期待が含まれているとは想像できる。通知が言う「対物業務の効率化」は薬剤師の人件費と、同じ現場で働く他職種との人件費コストパフォーマンスを見直せということである。


 医薬品医療機器レギュラトリーサイエンス財団理事長の土井脩氏は、『医薬経済』誌11月15日号で「動き出した薬剤師業務の質的見直し」という表題で0402通知の解釈と影響について概説している。土井氏は、薬剤師の専門性が求められる業務が増加しているとの認識を示しつつ、業務を他に奪われるかもしれないという“葛藤”を語っている。一部引用する。


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 調剤業務に関しては、現在はほとんどがPTP化され、錠剤などの計数や分包化なども機械化されている。薬剤師が専門的職能を発揮できる業務がどこにあるのかが問われるのは当然のことである。


 今回、厚労省が示した考え方は、以前から議論のある調剤助手制度の導入に一石を投じるものであろう。調剤助手制度を導入することにより、現在薬剤師が独占している業務を奪われるのではないか、賃金の安いライバルに職を奪われるのではないかと関係者が心配するのはもっともなことではある。


 同じような葛藤は、医師が独占している業務に、看護師や薬剤師、臨床検査技師などが入り込むことに対する関係者の警戒感からも容易に理解できる。しかし、その結果として、医師は多忙さを強いられ、自己研鑽の時間も十分取れず、患者と十分なコミュニケーションをとる余裕もなく、結果的に、医師が超人的に働くことを前提とした医療制度が形成された。もって他山の石とすべきであろう。


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●国民の生活の質は論議されているか


 0402通知を受けた薬剤師の葛藤は、医師のタスクシフティング議論に対する警戒と葛藤に通じるのは当然だということが理解できる。こうした議論の背景には、薬剤師業務のあり方の見直しや、医師の働き方改革を通して国民の健康や安全、生活の質にどのような影響が生じるかという議論が前提でなければならないのは当然だと思う。


 しかし、そこの検証が不十分なままでタスクシフティング議論が速度を上げて進み始めたのは、やはり医療適正化に対する厳しい観測が背景にあるからだ。さらに言えば、メディアを含めて、医療費の増高に関する国民生活への将来に対する不安感と、医師や薬剤師の業務のあり方の見直しに対する不安感が等価で議論されていないことは、この議論の進行の大きな欠陥である。


 もっと平明に表現すれば、医療費の増加が国民負担増につながって生活の逼迫を招くという映像がより具体的に想像できる半面、医師や薬剤師が現在行っている業務の他職種への分散・移転が、国民の健康と安全の確保を損ねないかという実像が抽象的であることのギャップの大きさを指摘できる。現段階では情報は非対称であり、そうした議論が最終的に国民の利益にどのようにつながるかに関心がないことは警戒すべき側面だ。


 むろん、医療の問題は経済学的側面で語られなければならないし、その重要性は当然無視すべきではない。しかし、QOLの確保と向上という目的を並行的に進めなければならないという大前提も忘れられるべきではない。(幸)