昨年末以来、「IR汚職」が連日、新聞紙面を賑わしている。IR(カジノを含む統合型リゾート)を誘致するのか、しないのか、態度を明らかにしていなかった横浜市の林文子市長が誘致すると発表して騒ぎが高まった直後の国会議員への贈賄事件だけに、騒ぎになるのも当然だ。事件の中身は、政府が誘致先を3ヵ所程度に絞ろうとするのを、中国・深圳の「500ドットコム」という企業が5ヵ所に増やしてもらおうと秋元司衆院議員に300万円を贈って働きかけただけでなく、他の国会議員にもカネをばらまいたと伝えられている。


 IRに名乗りを上げているのは大阪市を筆頭に横浜市、千葉市、和歌山市、佐世保市のハウステンボスに北海道の留寿都村だ。動向が注目されている東京都は態度を明らかにしていない。東京オリンピック後に小池百合子知事が誘致に名乗りを上げるかもしれない。


 このうち、東京、横浜、千葉、大阪、とくに東京はアメリカのMGMやサンズなどの大手カジノ会社が魅力に感じるだろう。大都市だし、空港も近くにあるし、大展示場、テーマパークなども近距離にあるからだ。和歌山は関西空港に近いが、日本で最も魅力のある観光地、京都にはちょっと遠いのが難点だ。


 ラスベガスのカジノ業者は、大金持ちの客も一般客もすべて同じ、などという“平等主義”ではない。大金を賭けるハイローラーは一般客とは別のフロアでバカラやルーレットを存分に楽しんでもらう仕組みをとっている。しかも、彼らは決していかさまをしない。高等数学を応用すれば、ちゃんと儲かることを知っているからだ。


 それでも怖いのは一発屋の客だ。最も人気があるバカラでは客が儲かる確率は23分の1だが、その23分の1だけに大金を賭け、当たってしまうとカジノ側が損失を出す。そのリスクを防ぐために大数の法則に則り、カジノの数を増やす。カジノを10ヵ所に増やせば、23分の1の確率を230分の1にできるからだ。


 すでにマカオ、シンガポールに進出したが、やはり経済大国の日本に進出したい。当然、日本で歓迎したいのは日本人ハイローラー客だ。もちろん、日本にカジノができたら、欧米のハイローラーにファーストクラスの航空券を贈り、空港にはリムジンが出迎えてカジノに招待するだろう。


 海外のハイローラー客は家族連れで1週間近くホテルに泊まり、亭主がカジノに興じている間に妻子はゴルフや観光地に遊びに行く。ラスベガスがロサンゼルスのディズニーランドに近いように、家族を飽きさせず楽しませる観光地が近くになければ、ハイローラーを呼び寄せられないからである。


 しかし、ラスベガスのカジノ業者が日本進出を狙うのは海外客よりも日本人のハイローラー客である。わが政府や自治体が宣伝するように外国人だけが来るわけではない。本心は日本人の大金持ちが狙いなのだ。日本人の大金持ちと言えば、サラリーマン社長ではない。大王製紙元オーナー会長の井川意高氏のような人たちだ。それだけに東京のような大都市でないと進出する意味がない。


 その点、留寿都もハウステンボスも大手カジノ業者には物足りないと感じるだろう。留寿都はスキー客や温泉好きならいいが、カジノで遊ぶ客には厳しい。


 ところが、その留寿都に目を付けたのが中国の「500ドットコム」だ。なるほど、上手いところに目を付けたことに感心する。周知のように中国人は賭けごとが大好きな民族である。すべての中国人が博打好きというわけではないが、中国人女性と結婚したら賭けごとが好きで家庭が破綻、離婚したという知人がいたくらいだ。


「500ドットコム」は、インターネットカジノやスポーツくじを手掛けている会社だそうだが、さすが商売上手な中国人だ。中国共産党の支配下ではカジノなど到底できなかっただろうが、“市場経済”の導入で、瞬く間にカジノの経営を覚え、進出するのには舌を巻くしかない。


 実は、マカオにカジノができたとき、最も多かった客は大陸から来た中国人である。マカオにはルイ・ヴィトンやエルメスなどの有名ブランド店、さらに高級レストランが並んだが、最も流行ったのはごく普通の中華料理店だった。列車でマカオに着いた中国人客は高級ブランド店などには目もくれず、カジノに直行した。腹が減れば、フランス料理などには行かず、中華料理店で食事をしていたのである。マカオのカジノは売上げがラスベガスを上回ったが、それも中国人客のおかげだった。それに驚いたのか、北京政府は慌ててマカオとの境界を封鎖して大陸からの客数を絞ったほどである。


 高度成長が続いた中国の沿海部には1億円を超えるような収入を得る金持ち層に溢れている。「500ドットコム」幹部がそういうカネ持ちの中国人を連れてくると言っていたそうだが、中国人向けカジノの格好の地として留寿都に目を付けたというのは流石だ。留寿都にとってはマカオのようにブランド店や高級レストランは必要ないし、展示場や観光施設を用意しなくてもよいだろう。日本政府に中小型の旅客機が離発着できる飛行場をつくってもらい、出入国管理と税関を用意してもらえばいいのだ。


 むしろ、留寿都村に必要なのは「細川様のしるし半纏」かもしれない。江戸時代、大名の細川様の中間部屋で博打が行われ、博打に負けて褌ひとつになった客は細川様のしるし半纏を借りて帰ったことが有名になり、細川様のしるし半纏といえば、博打に負けた人のことだった。鉄火場を貸す留寿都村は細川様のしるし半纏を用意すればよい。さらに火葬場も用意すると万全だ。


 実は、マスコミは知らないが、あるカジノ業者によれば、マカオのカジノが開業したとき、ホテルで自殺者が多かったという。理由は簡単。中国国内で多額の公金を横領してマカオに来た中国人賭博客が多かったのだ。彼らは博打で負けてスッテンテンになったとき、もはや帰るに帰れないのだ。帰れば公金横領で逮捕され、場合によっては死刑になる。そういう客がホテルの客室で首をくくって自殺したという。むろん、ホテルは口をつぐみ、マカオの政庁も公表せず、世間に知られていない。北京政府が大陸からマカオへの旅行を制限したのも、そんな事情があったからかもしれない。


「500ドットコム」がマカオに代わるカジノの地として留寿都を選んだのではなかろうか。日本観光という名目でカジノ客を送りこんでくれるはずだ。留寿都村はカジノを「日本人客お断り」にすれば、日本人への弊害は少なく済むだろう。ただし、博打好きの中国人だけが来るのだから土産物屋やレストランの売上げはあまり期待しないほうがいい。弁当くらいでいいだろう。


 もちろん、国会議員への贈収賄事件発覚で留寿都村にカジノができるかどうかは微妙になった。「500ドットコム」の顧問というヘンなコンサルタントが介在し、贈収賄を行ったことで、留寿都村にカジノができるのは不可能に近くなった。せっかくの「中国人向けカジノ」計画の前途は明るいものではなくなったが、それにしても中国人の商売上手には感心する。(常)