「築城3年、落城3日と言ってきたが、自分が『チョンボ』だった」(日本郵政・長門正貢社長)


以前からこの人の発言には呆れていたが、昨年暮れの辞任会見も期待に違わなかった。2018年6月に起きた財務省事務次官のセクハラ問題で、同省の矢野康治官房長(現主税局長)が次官擁護ともとれる発言をしたことに対してマスコミから批判され、「ほとんどクソ野郎という感じで報道された」と不平を漏らして、周囲を唖然とさせたのを思い出す。「チョンボ」「クソ」などと平気で口にするトップや官僚が存在する。品性下劣な世の中になったものだ。


昨年7月に表面化した「かんぽ生命」の不適切販売問題は、日本郵政グループの3トップ辞任でいったん幕引きとなった。不当に売りつけられた高齢者を除いて、大方はこの話題にさしたる関心はなかったのではないか。郵政民営化自体が理解し難い話であり、民営化は不完全なままで、利用者にとっては昔からの郵便局と何ら変わるところがないのだ。今回も「コンプラ、コンプラ」と連呼しているが、会社を分割しても実態があるのは1社だけという組織体制がそもそも間違っているのだから、直しようがない。


従業員数を並べるだけでこのグループが見える。持株会社である日本郵政が2422人、かんぽ生命は7490人、ゆうちょ銀行1万2800人、日本郵便は19万3910人。グループ全体で約21万6000人の実に9割を日本郵便が占めている。日本郵便は全国に2万4000ある郵便局を持つ会社であり、ゆうちょ銀行とかんぽ生命は、自社の金融商品を日本郵便に手数料を払って売ってもらっている。日本郵政はイコール日本郵便であり郵便局なのだ。ゆうちょ銀行もかんぽ生命も、極論すれば、預金や保険料収入を原資にした資金運用機関だ。では、なぜ民営化したのかという疑問が当然湧くが、それは複雑な話になるので割愛する。現状でも民営化はされていないも同然なのだから、知ってもあまり意味はない。


日本郵政が完全民営化しないのは、与野党ともに民営化を喜ばない一派と密接な利害関係があるからだ。自民党には、代々世襲で運営してきた特定郵便局の局長で構成する大票田の「全国郵便局長会」がある。立憲民主党には国内最大の労組組織・連合をつくり上げた全逓労組の流れを汲む日本郵政グループ労働組合(組合員23万人)という巨大労組が背後に控えており、民営化の抵抗勢力だ。与党と野党第一党の有力支持母体が強硬に反対していることが民営化の最も大きな阻害要因。特定郵便局や労組を脅かす完全民営化は、両党にとって百害あって一利なく、今の政治体制では到底実現しない。聞かれたら「将来は完全民営化」とアナウンスし、放置しておけばいいのだ。



人事の話をしよう。1980年代から金融業界をウオッチしているが、今回辞任した3トップのうち、取材対象になったことがあるのは、日本郵政元社長で三井住友銀行の西川義文頭取の側近だった日本郵便の横山邦男氏だけである。


長門氏はみずほフィナンシャルグループで頭取候補にも挙がらず、リテール業務の経験も経歴を見る限り少ない。2015年に個人顧客を相手にするゆうちょ銀行の社長に収まり、16年には前社長の病気退任で日本郵政のトップになった。抜擢の理由が「金融をよく知る」というのも取って付けたようで、傲慢と不見識を絵に描いた人である。かんぽ生命の植平光彦社長に至っては、損害保険(東京海上)の出身で畑違い。


その横山氏だが、西川氏が日本郵政入りした際に連れてきたが、09年に西川氏が辞任すると横山氏は銀行に戻り、16年に復帰して日本郵便社長のポストを得た。横山氏が日本郵政で過去に手掛けた、ゆうパックとペリカン便の業務提携は僅か3年で瓦解し、野村不動産の買収失敗も横山氏の仕掛けだったとされる。民営化したから民間企業の役員クラスを、という安直が透けて見える。まともな人事なのは、今回は埒外だったゆうちょ銀行の池田憲人社長(横浜銀行元常務、足利銀行元頭取)くらいのものだ。


そして新トップ3人はいずれも旧郵政官僚で、持株会社の日本郵政トップには増田寛也氏が就任した。増田氏は建設官僚OBで、1995年から3期務めた岩手県知事時代には同県出身で住友信託銀行のドンといわれた高橋温社長と親交を深めて金融業界と接近した。07年の第1次安倍内閣では総務大臣となり、13年には郵政民営化委員長に就任。16年には候補者選びで難航した東京都知事選挙に自民党の要請で急きょ出馬するなど、体制側の便利屋として重宝されてきた人物。鮮度の低さでは一級品だ。郵政官僚と政権の申し子が揃えば、日本郵便グループの「闇」はますます深海に沈むに違いない。


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平木恭一(ひらききょういち)

明治大学文学部卒。経済ジャーナリスト。元金融業界紙編集長、金融業界の取材歴30年。週刊誌や経済専門誌に執筆多数。主な著書に『図解入門業界研究 金融業界の動向とカラクリがよ〜くわかる本』(秀和システム社)、『図解入門業界研究 小売業界の動向とカラクリがよ〜くわかる本』(同)など。

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