●原点はナースプラクティショナー是非論?
タスクシフティングの議論が本格化というか、公式に論議が開始されたのは昨年6月。厚生労働省の「医師の働き方改革を進めるためのタスクシフティングに関するヒアリング」の1回目が開かれ、医療関連職種団体の個々のプレゼンテーションとそれに対する質疑を軸とした議論がスタートした。
この稿では、タスクシフティングの基本的な論点となることが予測される、医師、薬剤師、看護師を軸に進めたいが、どういうわけか、厚生労働省のヒアリングは日本医師会が6月17日の1回目、日本薬剤師会が7月17日の2回目、日本看護協会が7月26日の3回目のヒアリングと、日程がずれた形でプレゼンが行われている。医師の働き方改革という議論の大前提があるとはいえ、多職種協働の見直しの核が、この3つの組織に集中していることが十分に意識されたプレゼン配置のようだ。当然と言えば当然かもしれないが。
まず医師会の主張と、その内容をみていきたいが、基本的な部分は1回目で紹介したので、ここではヒアリングと、昨年開かれたそれ以後の検討会議論を振り返りながら、論議の核心がどこに集約されていくのかをみていく。
●「テーマは医師の勤務時間だけ」めぐる攻防
6月17日のプレゼンで医師会は、総論を語ったのであって、各論については議論のなかで明らかにしていくという姿勢を明らかにした。10月からの検討会での議論で考え方を具体化させるとの意思表示とともに、医師会内でも並行して議論が継続していることを示唆している。これは、「医師の働き方改革」という前提と、医療費適正化議論との混線を警戒する予防線ともいえる一方で、世論の動向をみながら是是非非に対応していく、国民視点も重視するという柔軟なスタンスを示しているとも受け取れる。
医師会は開業医、診療所医師の団体ではなく、医師の学術団体であり、その意味では働き方改革で最もその前線にある病院勤務医への配慮を含め、慎重に進めるという姿勢のアピールでもあるだろう。
診療科ごとで、その課題の中身や事情は違うということは議論のなかでも明らかにされているが、問題の前提として他職種、つまり薬剤師や看護師の人手不足が根幹にあるという指摘も早々に示している。
ヒアリングを消化して実質的な議論討が始まった10月23日の検討会で、日本医師会は、医療関係職種のなかにはすでに担える業務があるのに担えていない現状の整理、新たな業務拡大などの制度改正に関する行政の指針が明確でないことなどを議論の主軸とするよう求めた。その一方で、この検討会の本来的な趣旨は「医師の勤務時間の上限規制」であり、「議論の幅が広がり過ぎて収拾できないようなことがないように」との配慮も求めている。つまり、議論の混線に対する警戒は何度も念押しすることで、そのスタンスは明確。とくに、この日の議論では、診療報酬で対応できることは限られるとして、医療費改定への影響にも言及している。
10月23日の検討会では、こうした医師会の「議論混線と拡大」警戒に対して、病院団体からは、筋書きを予めつくった議論はしたくない、「できるだけ可能性を捨てないで議論を」という要請も生んだ。ここで、勤務医を抱え、医師の人件費増に苦しむ病院団体と医師会の立場の違いがすでに鮮明化している。ただこれには医師会サイドも、検討会テーマは「医師の勤務時間規制」であって、具体的な勤務時間データに基づいてやらなければ、抽象的な議論で終わってしまうと再反論している。
検討会の進め方に関する議論は、このタスクシフティングの行方がどうなるのかという標識をどこに定めるのか重要な議論である。例えば、医師の勤務時間上限を決めることに制限するにしても、そのための環境整備を協議するのが本旨であり、時間だけに縛られた議論を求めることは誰も考えてはいないだろう。しかし、それが何にどのように影響していくかとの想像は、微妙に各サイドの意見に投影されていくのは仕方がない。しかし、医師会サイドの主張が2025年までにやれることを絞り込み、「時間上限」規制に論点を絞れと言うふうに聞こえてしまうのも否定しがたい。
看護系の委員からは、限定的な議論は、他職種の「判断を伴った行為」の拡大議論を阻み、結局は医師の指示を待たないと動けないという現状のままの問題は残されるという指摘も示された。この問題は、医師会と看護協会が対立する准看護師問題、看護師の特定行為などの課題と抱き合わせて、すでにこの日の論戦にもつながっていく。また「判断を伴った行為の拡大」は、医師会が6月に示した、「医師によるメディカル・コントロール原則」に対する異見だとも言える。また、国民目線での視点の重要性に対して医師会は認識不足ではないのかとのニュアンスも語られた。
根本ですでに立場の違いが明確化している。医師会側からはこれに対して、国民目線は確かに重要ではあるものの、この検討会に託されたミッションではなく、別の検討組織ですでに議論が進んでいると躱す一方で、「責任を誰がとるのか」という議論なしでタスクシフティング議論はできないと釘を刺す。
●特定行為研修制度は医療現場で効果があるのか
このあたりから議論は特定行為研修に焦点が集まってくる。看護師の特定行為研修制度とは何か、一応おさらいをしておこう。
厚生労働省によると、特定行為研修は「看護師が手順書により特定行為を行う場合に特に必要とされる実践的な理解力、思考力及び判断力並びに高度かつ専門的な知識及び技能の向上を図るための研修であって、特定行為区分ごとに特定行為研修の基準に適合するものであること」と規定されている。研修は15年10月からスタートした。
つまり、看護師が行える医療行為について区分を明示して拡大したわけだが、これには基本的に医師の包括的な指示が必要だ。ただ、具体的な指示は必要なく、包括指示があれば、研修を修了した看護師は手順書に従って自分の判断でその医療行為を行うことができる。
その意味では看護師の職能は拡大したと解釈もできるが、包括的とはいえ医師の「指示」という形は残っている。そのためか日本看護協会の特定行為研修に対する姿勢はやや素っ気ない印象が残る。「チーム医療を推進し、看護師がその役割をさらに発揮するため」制度が創設されたと述べるだけだ。
ただ、一部の看護師の取り組みは早く、21区分の特定医療行為に対し、19年3月までに1685人が研修を修了、延べ終了者は1万3217人だと報告されている。また、この特定行為研修修了看護師の存在する医療機関では、医師の実働時間数が減少したとの報告も11月の検討会で報告されたが、10月の検討会では医療現場の看護師からは実際に機能しているかどうかについては否定的な見解も示されており、その実際的な効果に関しては見解が分かれたままだ。
●論点はすぐに具体化
特定行為研修修了ナースの実際的な活動効果についての検討会の議論を眺めると、制度の成立とその評価を前面に出して医療現場での活用を求める意見と、制度そのものが硬直的で医療現場では意味をなさないとの意見に二分されていく。
看護師に特定の資格が重ねられたような印象があるなかで、医療現場では数の少ない特定看護師に業務をシフトするケースが実はレアであることは想像に難くない。一方で、一定の研修プログラムを受けた看護師でなければ、医療安全は確保できないとする医師会の意見もあり、現実に沿った制度の導入に移行するのか、それはタスクの安易なシフトだとみる考え方の相克がこの議論を通じて露わになってくる。
日本看護協会はこの制度に素っ気ないと前述したが、それは看護協会が、医師の指示なくして一定の診断行為ができる、「ナースプラクティショナー」の導入を求めているからである。本質的には、タスクシフティングの論議の出発点はこのナースプラクティショナーにあるとも言えるのだ。(幸)