今週は週刊文春の記事『プロデューサーが「許されざるパワハラ」と断定 辛坊治郎“女性社員に壁ドン” 日テレ「社内報告書」入手』に目が留まった。先週号のワイド特集記事『辛坊治郎が日テレ女子社員に壁ドンで「パワハラ」』の続報である。


 昨年12月、同局BS番組『深層NEWS』の放送後、社の玄関口で番組の女性プロデューサーがキャスターの辛坊氏を呼び止め、『深層NEWS』に出たコメンテーターのオフレコ発言を氏がラジオ番組でしゃべってしまったことについて、注意した。すると、激高した辛坊氏は壁際にこの女性プロデューサーを追い詰め、面罵したという。彼女はこの行為を「パワハラだ」と社のコンプライアンス部署に訴えたが、体調を崩し休職するはめになり、事実関係を確認した会社側に辛坊氏も「ショックを与えたなら本意ではなかった」と謝罪したらしい。


 この文春の一報に辛坊氏は「完全な捏造だ」と猛反発してみせたが、氏が問うのは記事冒頭に書かれた「お前なんか、いつでも飛ばせるんだぞ!」というセリフの“言った言わない問題”が中心。プロデューサーを面罵して社のコンプライアンス問題になったという記事全体の内容に関しては、どこまでが“捏造”かを明確に語ってはいない。


 今週の続報は、これを受けた文春側の反論で、当該女性社員が会社に提出した報告書、そして現場に居合わせた別のプロデューサーによる報告書を文春は入手、当日の詳細なやり取りのほか、「社会通念上許されざる『パワハラ』に当たると思う」というこの“もうひとりのプロデューサー”の見解まで示している。


 記事によれば、結局この件は、ウイグル問題を巡って、中国政府の弾圧を訴えるウイグル人証言者とこれを否定する中国政府寄りゲストとの番組での“激論”がきっかけで、後者のゲストへの批判を辛坊氏が別番組で語った、という話らしい。このゲストは自分が言ってもいない話を辛坊氏に吹聴されたとして番組に抗議、女性プロデューサーがそのことを辛坊氏に注意したところ、氏は逆上し「バランスとか言うな」「俺はジャーナリストでもない」などと罵声を浴びせたのだという。


 この記事を巡っては、月曜日にフジテレビ『バイキング』が第1報を受け、辛坊氏を擁護するトーンでスタジオトークを流したが、続報が出ると、その生々しい内容に木曜日のトークではスタジオの風向きが変わり、「さすがにこれはパワハラでは」という声が強くなった。


 だが、私が一連の問題で何より驚いたのは、第1報の直後、辛坊氏の反論ツイートがこんな書き出しで始まっていたことだ。《実は問題の背景に某国の陰謀があると睨んでいる。文春もついにかの国の手に落ちたようだ》。「本気ですか?」と言いたくなる。こんなしょぼい“工作”をする“某国”とはどこの国? ネトウヨ丸出しのネット民の間では、野党や左派メディアなど、気に食わない“反日勢力”を“中韓の手先”とするイカレた論法がしばしば見られるが、その手の妄想狂信者がまさか報道番組を取り仕切る立場にいようとは、冗談にしてもひどすぎる。


 彼らは事実やロジックを超えた存在だ。「ロスチャイルド家の陰謀」や「悪霊の祟り」で世界を語る人と同類なのである。何だったら取材なしで“真相を透視”できる人たちだ。にもかかわらず、『バイキング』は辛坊キャスターのこのツイートをスルーした。見て見ぬふりをしたのである。残念なことに昨今は、似たタイプが国会議員にまでなっている。大多数の常識人が“見て見ぬふり”をしてしまう背景には、こうした世相への躊躇もあるのだろう。私にはパワハラ云々にもまして、“ヤバい人”をヤバいと言えないこうした空気感こそが恐ろしい。


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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)など。最新刊に沖縄県民の潜在意識を探った『国権と島と涙』(朝日新聞出版)がある。