チェコのカレル・チャペックが「ロボット」という言葉を生み出してから、今年で100年。医学データベースの辞書(シソーラス)に採用されている用語を見ると、PubMedは「robotic surgical procedure」のみ、医学中央雑誌は「ロボット工学」と「ロボット手術」で、文献報告はロボット支援手術や整形外科的なリハ、介護への応用などの領域が多い。しかし、ロボットが医療や患者の生活にもたらす効果はそれだけではなさそうだ。
■分身を通して人と「つながる」
ロボットがいる生活を体感するため、手始めに「分身ロボットカフェDAWN Ver.β(3.0)」(主催:株式会社オリィ研究所)を訪ねてみた。場所は、渋谷・スクランブル交差点に面したビルにある「WIRED TOKYO 1999」。2020年1月16日~24日に、実店舗で行われたトライアルの初日。紹介サイトには、席の都合上「2人~4人で予約可、1組1時間まで」とあり、ふたりでネット予約した。
入口では早速ロボットがお出迎え。ここ分身ロボットカフェ(AVATAR ROBOT CAFE)では生身の人間が遠隔操作している。操作する人は「パイロット」、名前やあだ名から「○○P」などと呼ばれている。氏名やプロフィール、居住地なども秘密ではない。
通された席のテーブル上には小さなロボットOriHimeと外付けのタブレット、スピーカーがセットされていた。担当のKさん(男性)だ。自己紹介とともに「こ~んな動作もできます」と動かしてくれる。こちらの様子は額のカメラで捉え、写真も撮れるという。まずはメニューから食事(カフェ的丼もの)と飲み物を選び、Kさんに伝えるとオーダーを通してくれた。因みに本人がこの店に来たことはないそうだ。
配膳されてくるまでの間は、あれこれとおしゃべり。Kさんは30代半ばのとき、思いがけず多発性骨髄腫を発症して6年。腰椎骨折し、ベッド限定の入院生活を経て、在宅療養生活に入った。中学生と小学生のお子さんがいるが、自宅だとついつい「宿題やったか」などと口を出してしまい、「父親がずっと家にいるって子どもたちには微妙かな」と盛んに気にする。
元々の職業であったSEもテレワークで継続していたが、分身ロボットカフェの「パイロット募集」を見て、「オレがやらなくて誰がやる」という気概で応募した。カフェの仕事でバイト代もちゃんと稼げる。また、Kさんの分身としてOriHimeを運んで行ってもらい遠隔操作することで、ヒーローショーに出演して子どもたちに大ウケしたり、エストニア旅行を満喫したり、とさまざまな体験をした。
と、そこへOriHime-Dがしずしずと、紙のホルダーに入った飲み物を運んで来た。名札には、金髪に染めたカッコいいおねえさんが写っている。広島のSちゃんだ。KさんとSちゃんは仲良しで、今日は逆の役回りで、Sちゃんがテーブル担当、Kさんが配膳の時間帯もあったとか。分身ロボを使ったオフ会もたびたびあり、テレビ会議とは全然違う楽しさがあるらしい。実際、分身ロボと対面していると、本人でありながら、初対面の生身の人間よりはかえって話しやすい感じもある。
予約時間帯が終わりに近づくと、Kさんは「最後にどうしても伝えたいことがある」。普通の職業人であったときは何とも思わなかったが、今は外出困難でも多くの人と出会い、働けることに「感謝」しかないという。「出先ごとにOriHimeを置いておけば、何倍も仕事できちゃいますよね~」と冗談を交わし、Kさん、Sちゃんと私たち「4人で」記念写真を撮ってカフェを後にした。
テーブル上のOriHime(オリヒメ)
飲み物を運ぶOriHime-D(オリヒメディー)
■環境は技術で変えられる
これら分身ロボットを開発したのは、オリィ研究所・代表取締役所長の吉藤健太朗さん。別名「吉藤オリィ」は、子どもの頃から「誰にも負けなかった」得意の折り紙に由来するとか。Kさんに「カフェの中に黒いマントみたいなの着た人いませんか?」と言われ見回すと、いた。オリィさんは、1987年奈良県生まれで、自身の入院や自宅療養をきっかけに、小学校5年生から中学校2年生まで不登校を経験。その後、ロボットに興味を持ち、高専を経て早稲田大学創造理工学部に進んだ。
中学・高専時代は国内のロボコンや科学技術チャレンジ、国際学生科学技術フェアなどで次々と入賞。2012年にオリィ研究所設立後にOriHimeを開発、さらにテレワークに最適化したOriHimeBizをNTT東日本が採用、OriHime-Dは日本財団やANA AVATARの協力で開発、など既に実績十分だ。2019年末には、奈良市議会で、頸椎損傷で肩から下が動かない市議の分身としてOriHimeを議場に置き、別室からロボットの挙手による賛否の意思表示や答弁を行う実験が行われた。
オリィさんは、「ロボットコミュニケーター」を名乗り、移動(=外に出かける)、対話(=意思疎通する)、役割(=仕事をする)が制限されたときに生じる「孤独の解消」と「社会参加の促進」をミッションに掲げる。分身ロボットカフェをやっていると「AIでいいんじゃね?」と言われることがよくあるが、「人が何もしなくてよくなるテクノロジーにはあまり興味がない」「人が何かしたくなることに価値がある」という。
分身ロボットカフェを訪ねて、思い浮かんだのはWHOの国際生活機能分類(ICF: International Classification of Functioning, Disability and Health、2001年)だ。身体の構造は容易に変えられないが、環境因子を変えることで心身の機能、活動や社会的参加が活発になれば、全体としてその人の「健康状態」は改善するのではないか。
分身ロボットは、「人を幸せにする使い途」のヒントになりそうだ。
国際生活機能分類(ICF)の概念
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本島玲子(もとじまれいこ)
「自分の常識は他人の非常識(かもしれない)」を肝に銘じ、ムズカシイ専門分野の内容を整理して伝えることを旨とする。
医学・医療ライター、編集者。薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師。