●責任をとる医療職種のあるべき質


 タスクシフティングに関する議論は、本題は「医師の働き方改革の具体化」だと解されてはいるが、本質的には医行為をいかにして医師の業務から少なくしていくかという議論だと筆者は考える。しかし、昨年行われた厚生労働省のヒアリングや検討会での議論を浚ってみると、相変わらず医師会は医師によるメディカル・コントロールを主張し、医療現場での統帥権に固執している。


 責任の所在、医行為の責任を誰がとるのかという問いを発しながら主張され続ける「医師の裁量権」は、高齢化社会や社会保障費の観点から結束(バインド)して放置し、議論なく維持されるべきなのだろうか。医師がメディカル・コントロールをすべきだという科学的根拠は何なのだろうか。医療訴訟になったとき、医師が全面的に賠償の矢面に立つという覚悟の表明と、医療が国民に一定の質を保って具体的に提供され続ける、これからの新たな医療現場のあり方についてが、混線して議論されている。このことを、おかしいと思わない錯覚が放置されたまま、議論が進められているのではないかとの危惧が筆者にはある。


 前回、看護協会は15年10月からスタートした特定行為研修制度にやや冷ややかであり、それは看護協会が主張するナースプラクティショナーの議論が塩漬けになっているからではないかと問題を提起した。実は、このタスクシフティングの議論の本質的な核は医師と看護師の業務分担の効率化、合理化に集約されると思う。医行為をいったん解体して分析し、医師の行為と看護師の行為、あるいはその他のメディカル・スタッフの行為に分け、再構築し、そしてその各々の医行為に関する責任の所在を合理的に定めていくという議論はできないのだろうか。


●タイムリーな医行為のためと主張する看護協会


 そのような前提で、今回は日本看護協会の主張を少し詳しくみていく。同協会が15年に策定した「看護の将来ビジョン」では、「地域において人々が安全に安心して療養できることをめざし、常に人々の傍らで活動する看護職の医療的な判断や実施における裁量の拡大を進める」との目標が掲げられている。このビジョンの背景について、「暮らしの場での療養においては、医療的な判断や実施が的確になされることが、人々の安全・安心に直結する」と説明されている。


 ここで関心を持っておきたいのは、語られている「地域において」「暮らしの場」という「状況」に関する制限的な表現だ。慢性的疾患の在宅患者への医行為については、看護師にその判断や実施裁量権があってもよいではないかと述べていると理解することで間違ってはいないだろう。これが要は、同協会が導入を求めるナースプラクティショナーの根拠を示している。


 昨年7月26日のヒアリングで協会は、「看護は『医療』と『生活』の両面から患者を捉え、療養生活を支えている。患者の最も身近にいる医療専門職として、国民に必要な医療がタイムリーに提供されるよう今後はさらなる役割と責任を引き受けていく」と基本的スタンスを述べ、「医療と生活」をサポートする職種として看護師の独立性確保の必要を示唆している。そのうえで、「さらなる役割と責任」に言及しているのだが、責任についてはまだ具体性が見えてこない。むろん、看護賠償責任保険などの整備は進みつつあるが、加入率などの実態は根拠のある数字が見えていない。


 医師会等の医師による医行為の統制には、どこかヒエラルキーの頂点は医師であるとの印象を守りたいとの潜在意識が感じられるが、過去の看護協会の対応も、どこかこのヒエラルキーに関する感情論でこれまでの議論が進んできたような印象もある。


 看護協会がこうしたタスクシフティングの議論を通じ、どのようなエビデンスを示して医行為の一部の裁量の拡大を進めていくのだろうか。タスクシフティングの議論はやはりそこが焦点となる。


●本丸はナースプラクティショナーの導入


 看護協会は特定為研修制度にはやや腰を引いた印象があると述べてきたが、ヒアリングでは「特定行為研修制度の」活用の推進を最初に掲げている。主張するナースプラクティショナー制度導入へのハードルとして、この制度に対するスタンスを明確にし、ステップにしなければならないとの意思が感じられる。ここでは、25年までに認定看護師、特定行為研修修了者は8000人を超えるとの予測も示している。


 しかし、協会の実現をめざす本丸はナースプラクティショナー制度の導入だ。ヒアリングではナースプラクティショナー制度導入を主張する前提として、①タイムリーに必要な検査を判断することで早期の治療開始②薬剤を用いた療養上の世話をタイムリーに提供――と課題を挙げ、現在の医療現場では「タイムリー」が損なわれているとの認識を強調している。


 ①については、現在の仕組みと課題について、「医師の指示は患者を特定する必要があるが、現行法上、患者の特定を事後とする運用が可能であるかについては示されていない」と指摘し、医師の指示が出るまで検査もできないのは患者無視だと主張する。そのうえで、次の運用を提案する。「看護師が即座に対応し状態を見極める→医師が予め指示した状態像に該当するかを判断→指示されていた検査(採血、培養検査、レントゲン検査)を代行入力→医師の到着時に検査結果が出ており、すぐに治療が開始できる」とのチャートを示している。


 例えば救急外来では、胸痛があれば12誘導心電図検査、採血検査を行い、病棟では術後の変化に対応した検査実施なども示した。期待される効果は、「医師が外来、手術、検査を中断して支持を出さずともタイムリーに検査を実施すれば、医師の業務負担も軽減できる」とする。


 2番目のケースでは、現在の仕組みと課題を「看護師は患者の状態をアセスメントしながら療養上の世話をタイムリーに提供できるが、薬剤は医師が診察・処方しなければ使用できない」とし、実際の現場では医師が看護師の提案した薬剤を処方することも多いと指摘する。


 そのうえで、療養上の世話に必要な薬剤を看護師が判断・使用できるようにする例として、排便コントロール(下剤、浣腸液、止痢剤、整腸剤など)、スキンケア(ワセリン、アズノール、ヒルドイド、ゲンタシンなどの軟膏)、ドレッシング剤、目薬や、疼痛緩和のための湿布薬や鎮痛剤などの使用をタイムリーにできるようにすれば、医師の業務負担は軽減されると主張する。


 現実にこうした具体例を示されると、筆者は医療現場を日常的につぶさに見ているわけではないが、2番目の薬剤のケースでは、すでに現場が先行しているのではないかと思える。それだけに、看護師の質の管理に対して疑問をはさみ、医師の統括、コントロールはやはり必要だという医師会の主張にも一理はある。


 ただ介護の現場では、介護福祉士がスキンケアなどの薬剤に関する知識はすでに豊富に持っているとの状況も見たことがある。介護施設の場合は、看護師が介護福祉士に薬剤の指示を与えている現状も聞いた。その意味では、医療現場では看護師の「タイムリーな判断」はすでに「常識化」「常在化」していることも容易に想像でき、協会は追認ないしは法的根拠を確立するよう求めていると考えることもできる。


 とくに、介護施設や在宅における医療提供では、前述したように看護師が介護福祉士に指示を出すような実態も存在しており、看護師の介護現場での存在感は非常に重たくなっているのが実態化している。これを制度として仕組みを位置づけ、効率的な医療提供体制構築を提案するのがナースプラクティショナーだ。次回は、このナースプラクティショナーを詳しくみていく。(幸)