(北尾吉孝氏のツイッターから)


この人には、ある種のウサン臭さがいつもつきまとう。SBIホールディングスの北尾吉孝社長がぶち上げた「第4のメガバンク構想」に対して、一部の地銀から警戒感が出ている。共同体をつくって全国の地銀を運営支援すると言われても、殿さま地銀の当主にとっては「論語」をひも解き、徳育を語るこの人独特の「経営哲学」が気になって仕方がないのではないか。


SBIホールディングスは2019年3月期の当期純利益が525億円。業界2位の大和証券グループ本社の673億円に迫る。グル-プの中核であるSBI証券はインターネット専業証券では断トツ。2007年に旧住友信託銀行と設立した住信SBIネット銀行も預金量5兆円を超え、インターネット専業銀行で首位を独走中。その勢いに乗って、再編で揺れる地銀業界に乗り込んできた。


2019年9月に島根銀行、同年11月には福島銀行と資本・業務提携して両行の筆頭株主になり、今年1月には筑邦銀行とも手を結んだ。ただ、筑邦銀は地方銀行64行中63位で預金量6165億円(2019年3月末、以下同)、福島銀は第二地銀38行中28位で同6439億円、島根銀は同36位で3497億円。3行とも業界では下位行で、預金量を合計しても1兆6101億円。100兆円を優に超えるメガバンク3行とは比較にならない軽量だ。


島根銀は旧大蔵省出身のノンキャリア官僚が16年間も頭取に君臨したうえに、2017年に身分不相応の新本店ビルを建て、その経費負担が重くのしかかっている。福島銀は2018年に県内のライバル東邦銀行の専務を招聘する社長交代劇で話題になった。筑邦銀は地銀激戦区の福岡で埋没寸前の弱小地銀。3行とも再編対象にすらならない経営不振行だ。


そんな地銀をいくら集めても、得することはない。ではなぜ北尾氏は地銀に接近するのか。それは大別すれば2つあるのではないか。ひとつは販売チャネルの強化、もうひとつは銀行業の本格参入だ。SBIグループはすでに265の金融機関との間でSBI証券が提供する投資信託などの金融商品を取次販売している。また地銀数行と証券の共同店舗を開設しており、今後は傘下の生保・損保の保険商品も売り込んでいきたい狙いがある。実店舗を持たないSBIグループにとって、販売の手足はいくらあっても多すぎることはない。



地銀への接近のウラには、収益構造の変化がある。SBI証券はネット証券では群を抜く業績を上げているが、売買委託手数料は低下している。今後、ネット証券の手数料収益は無料化の波を受けてジリ貧傾向になる。それに証券業界は銀行以上に、景気不景気の波をモロに被る。好成績と業績低迷が交互にやってきやすい業界構造なのだ。株価が上昇すれば投資家は慎重になり、株価が低下すれば底を打ったと反転攻勢に出る。所詮、株式の世界は浮沈が激しい。野村証券OBの北尾氏は、それを見越してバイオ事業を証券、銀行の2大事業に次ぐ主要ビジネスに育てるため現在、積極的な投資を展開している。


もうひとつは額面どおりのメガバンク構想だ。総帥はもちろん、大風呂は承知の上で広げている。ほしいのは弱小地銀の経営基盤ではなく、銀行免許だ。金融自由化でインターネット銀行は増加しているが、依然として免許業種である銀行の設立は設立準備のための膨大な目論見書類が必要で、厳しい審査が待ち構える。一から始めるには難事業だ。


ネット銀行の設立を巡っては、一方の出資者である旧住友信託銀行で反対論が一部で根強くあった。両社の若手社員の提案が発端になったこの案件は、東洋信託銀行との合併をUFJホールディングスが反故にし、さらに中央信託との合併も逃した住信の当時としては戦略の失敗を挽回する起死回生策だった。しかし、名門意識が高い住信は新興の金融グループを「ソフトバンクグループごときが!」(住信の元役員)と見下し、社長の人選も難航した。


双方50%ずつの出資である住信SBIネット銀は、今では両者それぞれのグループでは極めて戦略的な位置づけにあり、トップ級の扱いを受けるまでに成長した。ただ北尾氏といえども、この銀行に容喙するのは簡単なことではない。設立して12年が経過しても出資比率が同じなのは、牽制機能が働いているからだ。賢明な北尾氏は当面、旧財閥系で信託業界トップと表立った主導権争いはしないだろう。



そこで考えたのが、複数の地銀を傘下に収めてこれを再生するという発想だ。受け皿となる共同持株会社の設立も公言している。数が集まれば即実行するはずだ。金融庁も、口にこそ出さないが、収益低下で生き残りが困難な地域金融機関の整理ツールとして、北尾氏の構想は再編の新たな選択肢、受け皿として静観している。


オーバーバンキングは今に始まったことではない。地銀、第二地銀だけでなく、信用金庫、信用組合も視界に入るだろう。今や業態ごとの特性など尊重すべき理由はない。しかし金融業態のなかで、どんなに転んでも一番無難な商売は銀行業だ。キャッシュレス決済が進んでも、銀行機能が消滅することはあり得ない。それを北尾氏は理解している。


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平木恭一(ひらききょういち)

明治大学文学部卒。経済ジャーナリスト。元金融業界紙編集長、金融業界の取材歴30年。週刊誌や経済専門誌に執筆多数。主な著書に『図解入門業界研究 金融業界の動向とカラクリがよ〜くわかる本』(秀和システム社)、『図解入門業界研究 小売業界の動向とカラクリがよ〜くわかる本』(同)など。

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