自閉スペクトラム症(ASD: autism spectrum disorder)は、社会性(社会的相互作用)やコミュニケーションの障害などを特徴とする発達障害のひとつだ。ASDの人(ASD者)に対し、ロボットを用いたさまざまな治療と支援を試み、国際誌にも積極的に発信している熊崎博一さん(国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 児童・予防精神医学研究部 児童・青年期精神保健研究室室長)を訪ねた。


熊崎博一医師


工学技術の進歩を医学に活用


 熊崎さんは、7~8年前からロボットをASD者に用いる研究を続けている。対象は幼児から青年・成人まで、知的な発達の遅れがない「高機能」の人が中心ではあるが、限定はしない。用いる分野は「臨床のためになることならすべて」だ。


 スムースな社会適応のために、「人と視線を合わせにくい」「他者の感情を理解しにくい」などASDならではの特性を和らげることや、人と関わりながら生きていくためのスキルを獲得するためのソーシャルスキルトレーング(SST)、診断の補助、ASD者の心理的支援(ロボットをインターフェースとした相談)など、多様な可能性を探っている。


 ASD者は、人の微妙な表情の変化など「社会的なシグナル」の処理・解釈を苦手とする。その点、ロボットであれば規則的な振る舞いが可能で、細かい動きの調整によって、彼らにとって「ちょうどよいシグナル」を送ることができる。今の子どもたちは、生まれたとき既にロボットが日常生活の中に存在していた。ASD児の多くはロボットとの関わりに熱中することから、他者との社会的な相互作用を促す道具としての活用が期待できる。予備的研究で、ASD児は「当惑したこと」など事柄によっては、人よりロボットの方が話をしやすいとの結果も得られている。


熊﨑さんが研究に用いるロボットの例


 通常、対人関係の基礎となる社会性やコミュニケーションの土台は生後間もなく形づくられ始める。これまでASDは「一生変わらない」「治らない」とされ、専門家は主に環境調整による対応など「支援」という形で関わってきた。しかし、生活経験や環境への適応によって、特性の強さ(重症度)が変わる人は少なくない。熊崎さんは、「そろそろ介入や治療を行うための研究に進むべきだ」「そのためには近年目覚ましく発展した工学技術の力を借りない手はない」と語る。


 これまで共同研究を行ってきたパートナーは工学(大阪大学大学院基礎工学研究科、産業技術総合研究所、慶應義塾大学理工学部など)に限らず、児童精神科・精神科・内科をはじめ、心理・教育、認知科学など多岐にわたる。


■ASD者のモチベーションを引き出す


 熊崎さんは、2017年頃から「就職面接練習」にも力を入れている。ASD者の就職率の低さは世界共通の課題だ。初対面の印象は、ノンバーバル(非言語的)なコミュニケーションに依存する部分が大きい。「面接官と目を合わせない」「その場にふさわしい表情ができない」などの特性が不利に働いているが、本人は気づきにくい。また、面接の流れや話題の切り替え方は定型化しやすく、ASD者が他者とのコミュニケーションを練習する題材としても適しており、研究テーマに加えた。



 練習に用いているのは、実在の女性をモデルにしたアンドロイド「アクトロイド-F」だ。ASD者は一般にシンプルでメカニカルな外観を好むが、練習後に現実の就職面接に臨むことを考えると、人に近い外見のものが望ましい。その点、「アクトロイド-F」は人に酷似している。肌は特殊なシリコンでつくられており、呼吸、微笑み、眉寄せ、おじぎ、うなずき、注視などを遠隔操作できる。また、対面する人の表情やしぐさを追ってまねる、記憶した動作を再現するなどの機能もある。ただ、人に比べれば、表出されるシグナルはシンプルだ。


 これまでの予備的研究では、比較的親しいASD者をペアにし、「面接官」のアンドロイドを別室で操作する役と「面接者」役を両方経験させることで、面接官の視点や非言語的コミュニケーションの重要性に対する理解を促し、自信を持たせる可能性が示された。


 また、別の研究で、ASD者が就職面接練習を続けるモチベーションは、本人がアンドロイドに「人間らしさ」を感じる要素(感情、生き生きした感じ、自然さ、親しみやすさ、温かさ、複雑さ)と逆相関することが示された。つまり、過度にリアル過ぎない方がやる気が続く。リアルさは、単に見かけだけでなく、生物学的な動きによる部分も大きく、今後のアンドロイド開発のヒントになるという。


アンドロイド面接のイメージ(メディア向け公開時の様子)

 

児童精神科医に相談できる地域づくりが理想


 熊崎さんは、医学部在学中に、児童養護施設で子どもたちの遊び相手をするボランティアを経験。後に、こうした子どもたちの心の傷を少しでも癒やせる医師になりたいと考えるようになった。医師になった最初の数年間、成人の精神科で働いていた時期には、幼少期に精神科的介入を受けなかったために、大人になって社会への不適応となったケースを多く目にした。それ以来、「発達障害を含む子どもの心の問題の早期発見・早期介入」を重要な研究テーマとしている。


 積極的にロボット活用する背景には、極度の児童精神科医不足もある。発達障害の診断には少なくともひとり1時間、半日以上要することも少なくない。「社会的相互作用」を苦手とするASD者の場合、医師との相性も診断結果に影響を与える。医師側が自分の感情を向けてしまう「逆転移」が生じることもある。そこで、ロボットを補助的に使えば、「逆転移」がなく、定型化された質問は効率的に行えるのではないかと考えた。「質を保ちながら、いかに診断時間を短くするかのチャレンジ」だという。


 小・中学校、高等学校で通級による指導を受けている自閉症児だけでも24,175人(文部科学省2018年度「通級による指導実施状況調査」)。一方、日本児童青年精神医学会の認定医は全国で378人(2019年12月6日現在)だ。


 また、総務省が27団体(19都道府県と8指定都市)を対象に行った調査で、発達障害の診断と発達支援を行うことができる専門医療機関を確保できていたのは22団体(81.5%)。その管内にある27医療機関への調査では、初診待機者数50人以上の医療機関が4割超、初診待機日数3か月以上が半数を超えた。受診予約が殺到すると業務に支障を来すため、情報公開していない医療機関もあった。



 熊崎さんによれば、児童精神科は「いま社会に欠けている重要な部分(piece)」。実親による児童虐待などのニュースは、子育てへの不安の裏返しだ。「特殊な」子どもだけを診るのではなく、「この地域には児童精神科医がいるから安心して子育てできる」と言われる社会が理想だという。


 実際、横浜市の療育センターのように、「地域相談支援」+「療育」+「医療」(児童精神科・小児科・リハビリテーション科の医師、看護師、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、臨床心理士など多職種連携による外来)を三位一体で行っている例もある。遠い理想とあきらめず、地域ごとに取り組むことが必要かもしれない。

 

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本島玲子(もとじまれいこ)

「自分の常識は他人の非常識(かもしれない)」を肝に銘じ、ムズカシイ専門分野の内容を整理して伝えることを旨とする。

医学・医療ライター、編集者。薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師。