ある兄弟の会話。兄ヨゼフ(Josef)は画家、弟カレル(Karel)は作家だ。

 

K 「ねぇ、ヨゼフ。芝居のためのいい考えが浮かんだんだけど」

J (絵筆を口にくわえ、キャンバスに絵の具を塗る手を休めずに)「どんな?」

K (筋を手短に話してから)「でもねぇ、その人工の労働者をどう呼んだらいいのか分からないんだ」

J 「・・・じゃあロボットにしたら」


「人間とは何か」を考えさせる展開


 ロボットという言葉は、チェコ語で強制労働を表す“robota”に由来する。1920年、チェコのカレル・チャペックによる戯曲『R.U.R.―ロッサムのユニバーサル・ロボット製造会社』で初めて使われた。カレルが電車でプラハに出かけた際に不快なほど混んでいて、人が「機械が並ぶようにぎっしり詰まっていた」ことから、人間を個人でなく機械として考え、「働く能力はあるが感情がないもの」をどう表現したらいいか、考え始めたという。


『R.U.R.』を読んでみると、かなりシュールなお話だ。6名の人間が営むロボット製造会社にある日、ヘレナという若い女性が「工場を見学したい」とやって来る。対応した社長ドミンが「お見せしましょう」という工程の事前説明からは、「部品」となる人工臓器をつくって組み立てるかのようなイメージがうかがえる。



 ロボットの製造方法を編み出したロッサムは若い頃、海の動物を研究するために遠い島へと出発。化学合成によって生物に似たものをつくれる「原形質(プロトプラズマ)」と呼ばれる生きた物質を1932年に発見した。


 このときロッサムは「自然は生きた物を形成するただ一つの方法を見つけたに過ぎない」「ところが自然が全く知らない、より簡単で、より作りやすく、より早い別な方法がある」「その方法で生命の発展がうまく進められるもう一つの道を私は今日見いだした」と記した。さらにロッサムの甥が、人間が行っている「無駄なこと」(喜びを感じる、バイオリンを弾く、散歩に行くなど)を省き、製造を効率化した。


 当初ロボットは「人間を物質的な貧しさや労働から解放する」という理想に基づいてつくられたが、もはやロッサムはこの世におらず、現経営陣は需要に応じて大量のロボットをつくり続ける。労働から解放された人間には子どもが生まれなくなる。やがてロボットが反乱を起こし、人間はただひとり技師のアルクビストを残して抹殺される。ところが、ロボットにも寿命があり修復不能だった。ロボット達はアルクビストに製造法の再現を懇願するが、彼にそこまでの能力はなく、ロボットにも絶滅の危機が迫る。



ピカピカのメカだけがロボットではない


 アニメや映画のインパクトによって、いかにもメカっぽいロボットのイメージが広まったが、実は一義的な定義はない。ロボット技術の3要素は、①外界の情報を得たり機械内部の状態を知ったりするための「センサ」、②センサからの情報を処理して全身のコントロールを行う「知能・制御系」、③動力伝達機構や移動機構、筐体(機器の外側の箱)などの「駆動・構造系」とされる。


 いわば「感覚系」「脳・神経系」「筋・骨格系」に相当する構造と機能、および、現在の状態やセンシングに基づいて、人間の介入なしでもある程度、期待に添った作業を実行できる「自律性」を持つ存在といえるかもしれない。



 さて、最近の話題でチャペックのロボットを彷彿とさせるのが、2020年1月13日に米国科学アカデミー紀要(PNAS)に発表された「ゼノボット(Xonobot)」の初期研究。ロッサムの「原形質」に相当する原料は、アフリカツメガエル(Xenopus laevis)の胚から得た皮膚と心臓の幹細胞500~1,000個。自然と異なる方法で「生命の発展を進める道」は、in silicoの「進化アルゴリズム」と「マイクロサージャリー」の組み合わせだ。


 まず、バーモント大学(米国北東部バーモント州)にいるコンピュータサイエンスとロボット工学の専門家が、進化における淘汰をまねたアルゴリズムをスパコンで100回反復。皮膚と心筋の幹細胞を部品として「人工生命(artificial life)」をつくり得る何千種もの設計図を無作為につくり出し、仮想環境で検査したうえで有望なものを絞り込んだ。


 次いで、タフツ大学(マサチューセッツ州)の生物学者が、微小な鉗子や電極とバラバラの幹細胞を用いて、ほぼ設計図どおりの構造に再構成。できあがった「生きた機械」は、小さなピンクの肉塊のように見える「ソフトロボット」だ。直径1mmにも満たないが、皮膚細胞の頑丈さと心筋細胞の自律的な収縮を併せ持つものが出現。水分の多い環境では、胚に蓄えられていたエネルギーを用いて数日から数週間は動き続け、やがて機能しなくなると腐食し始めた。中には切り刻んでも自己修復し動き続けるゼノボットもいた。


 研究者らは将来的なゼノボットの用途として、マイクロプラスチックの除去、毒性物質の消化、体内における薬の送達などを挙げる。従来のロボットは壊れれば有害物質になり得るが、ゼノボットは生体組織からできているので「環境に優しい」はずだという。『R.U.R.』のロボットと異なり、「寿命がくれば自然に分解する」ことも大きなメリットなのだ。


「人工生命」の誕生と活用には、生物医学的なアプローチと生物物理学・工学的なアプローチの両方が欠かせない。これも広義の「医工連携」といえそうだ。ただ、この研究に一部、軍隊使用のための新技術開発や研究を行う米国国防高等研究計画局(DAPA: Defense Advanced Research Projects Agency)の資金が投じられているのは、少し気になるところではある。

 

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本島玲子(もとじまれいこ)

「自分の常識は他人の非常識(かもしれない)」を肝に銘じ、ムズカシイ専門分野の内容を整理して伝えることを旨とする。

医学・医療ライター、編集者。薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師。