先ごろ日本人オーナーシェフ、小林圭氏が経営するパリのレストラン「KEI」(ケイ)がミシュランの3つ星を獲得した。まさに快挙だ。


「3つ星をとってやる」という目的を持ち渡仏。調べ上げたのだろう。パリの隣の町の3つ星レストランに入って終業した後、フレンチには不可欠なジビエ料理に強い1つ星レストランでジビエ料理技術を習得し、さらに2つ星レストランではパリで最も新鮮で質のよい野菜を提供する納入業者の心をつかみ、自分を支えてくれる優秀なシェフを集めたという。周到な計画を立て実行してきた努力と手腕には感心する。


 日本人には“極める”というところがある。野球ならメジャーリーグのイチロー氏が「野球道」と言い、「野球とは何か」とプレーし続けたし、先日亡くなった野村克也氏は早くから勝つためには何が必要か考え抜いた末、「ID野球」に辿りついた。


 欧米人は「日本人はクラフトマンだから」と言うが、ものを極める職人気質がある。日本人はよくも悪くも太陽に近づくことをめざした小説『かもめのジョナサン』のジョナサンだと思っている。そういう気質を持つ日本人にとってミシュランの3つ星を取るというのは向いているかもしれない。


 それにしても日本人はランキングが好きだ。それを見越してミシュランは日本でもミシュランの星付けを行った。もう20年以上前だと思うが、ミシュランは和食レストランや寿司屋に星を付けた。案の定と言うべきか、テレビは大喜びで、「2つ星の和食レストラです」「なんと3つ星の寿司店です」と紹介している。


 だが、誰でも予約すれば行けるフランス料理店と和食、寿司とは違う。ミシュランは和食の判定には「テレビのグルメ番組とは違い、身分を明かさない覆面客がレストランに行く」と言っていたが、それで大丈夫だろうか。もちろん、ミシュランが3つ星を付けた店の和食や寿司は確かに旨い。


 しかし、日本の和食レストランや寿司屋は誰でも行けるフレンチレストランとはまるで違うところがある。例えば、食材の味を最も大事にする和食では、ふぐ料理のように旬の時期だけ営業する店がある。むろん、一見さんお断りだ。贔屓にする常連客に連れて行ってもらわないと、その店の料理を食べられないし、中に入れない。女将さんも仲居さんは「ええ、一見さんはお断りしています」と言って平然としている。


 下町の根岸だったが、ある寿司屋では常連客には最も美味しいトロを出す。シャリはもう30年以上、米だけを焚いている飯炊き婆さんが変わらぬ味で保っている。料金も高い。だが、初めてその店に来た客にはごく普通のネタの寿司を出している。料金は1人前2600円と、ごく普通の街の寿司屋と同じだ。


 どうして違いを付けるのか、馴染みになった職人さんに聞くと、「常連さんと同じいい寿司タネで握って出すと、料金が高くなる。初めて来たお客さんは『ボラれた』と思い、揉めてしまう。それを避けるためには事情を知っている常連さんは贔屓の職人の前のカウンターに座ってもらい、いいタネを使った寿司を出す」とのこと。ミシュランの覆面調査では、こういう店はどうするのだろう。ランク外か、ランクされてもせいぜい1つ星である。


 ミシュランがランク付けできるフレンチ料理と和食、寿司は違うのだ。しかも、和食では食通と自任する人たちの推奨する店は人によって違う。そこがまた和食、寿司の面白いところだろう。やはり、ミシュランの星ランク付けはフレンチに限る。和食には不向きだ。(常)