今週、週刊文春に『アメリカ大統領選「潜入記」アマゾン、ユニクロに続き』という米大統領選のルポが載った。執筆者はフリージャーナリストの横田増生氏。横田氏と言えば、ユニクロやアマゾンの現場に契約労働者となって入り込み、その劣悪な労働環境を身をもって暴いてきた仕事で知られるが、とくに“宿敵”ユニクロに潜り込む際には、身バレしないよう戸籍名まで変えてしまう裏技で世間を驚かせた。


 ただ、今回の選挙ルポは別段“潜入”を必要とするテーマではない。あえて言えば、トランプ氏の地盤ラストベルトに約1年、住み着いて定点観測するスタイルから、そんな言い方をしているのだろう。確かに短期の出張取材より、じっくり腰を据えたほうがいいに決まっている。それでも本当の意味で「草の根」を描くなら、1年や2年の居住ではとても物足りない。土地勘ができるころには、選挙は終わってしまうのではないか。


 と、いささか冷たい言い方をしてしまったが、今回の氏の選択に、本当は別の事情があることは重々わかっている。長期海外取材など、もはやほぼ不可能な雑誌業界で、一介のフリーがそれを目指すなら、コストをギリギリまで切り詰めるこのやり方しかないのである。可能な限り安い部屋を借り、ポンコツの中古車を購入して地を這う取材をする。その昔、まったく同じ事情から約6年、ペルーに住み、南米各国の記事を日本に書き送った身としては、氏の頑張りにエールを送りたい。


 潜入取材と言えば、トヨタの工場に季節工として入り込み、その実情を描いた鎌田慧氏の『自動車絶望工場』が半世紀近く前の古典だが、親しい取材作家の先輩によれば、鎌田氏が「潜入」という手法をとったのは、何よりも金欠を凌ぐためだったらしい。「働いて収入を得ながらの取材」をする以外、メシも食えなければ深い取材もできなかった、と鎌田氏から直接聞かされたという。にもかかわらず、この作品は後日、大宅賞の最有力候補とされながら、潜入という取材方法が「フェアでない」として、落とされてしまった。


 くだらないケチをつけた選考委員は、元週刊朝日編集長で著名な評論家だった扇谷正造氏だという。半世紀前の朝日にいたならば、取材費に悩む経験など皆無だったろう。そんなご身分で、食うや食わずのルポライターの事情など、わかるはずもない。そしてさらに半世紀。状況は何段階も悪くなってしまっている。


 一方、週刊新潮は『「早期退職」の天国と地獄』という編集部スタッフの短期連載を始めている。第1回は「黒字リストラ」という新現象が広がるなか、日立やNECを例に、陰惨な肩たたきの実情が描かれている。初回には労組の書記長の話なども登場し、「まっとうな描き方」がされているのだが、いささか不安になってしまうのは、新潮が本来、労働運動とは水と油に見えるためだ。果たして2話以降、どうやって話を展開していくのだろう。


 結局は、一人ひとりの努力次第とか、サバイバルの方法もあるだとか、ハウツーや自己啓発の流れに持って行き、お茶を濁すのだろうか。そんなことを思いつつ、ページをめくっていると、今週の『佐藤優の頂上対談』には、参議院議員からまた企業経営者に戻ったあの「ワタミ」の渡邉美樹会長が取り上げられていた。“元祖ブラック経営者”だったはず渡邊氏だが、2人の話ではそれはもう遠い過去の話らしい。ダラダラとなまぬるいやり取りが退屈で、最後まで読めずにギブアップしてしまった。


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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)など。最新刊に沖縄県民の潜在意識を探った『国権と島と涙』(朝日新聞出版)がある。