(2020年2月13日の決算発表会見)
「これをやらないとみんなが沈んでしまう。5万店の店舗を乗せた楽天という船が、激化する一方の荒波を乗り切るにはこれしかない、という思いでやっている」(楽天・三木谷浩史会長兼社長)
「好感を持たれない人」というのはいるものだ。それはそれなりの理由があるからだ。一定額以上の買い物で送料無料化を推進していたら、異を唱えた加盟店主の抵抗に遭い、公正取引委員会が呼応した。事前にその旨打診し、「NO」と指摘されたのにもかかわらずだ。公取委が怒るのは当然だが、正面突破は予定の行動だ。公取委は2月28日、3月18日に開始する楽天の送料無料化に対し、緊急停止命令を東京地裁に申し立て、待ったをかけた。
楽天は2019年12月期決算で8年ぶりの最終赤字を記録した。ただそれは、子会社の減損損失を計上したからで大したことではない。送料無料化は、通販サイト世界最大手のアマゾンに国内市場で追い越され大きく水を空けられたうえ、携帯電話事業の先行投資が重荷になっている現状を打破するため、楽天市場の売上高(流通総額)を上げる狙いで打ち出した苦肉の策である。
当初は3980円以上の購入で送料無料としていたのを、冒頭の発言があった2月13日の決算発表会見では、「送料込みラインの導入」にすり替えた。合計金額を好むユーザーが6割強いることが「当社調べ」でわかったからだというのだ。これは俄かに信じ難い。「間違えて確定ボタンを押してしまった人が、後から送料を見たら凄く高かった」などの苦情を紹介したが、そんな無知な消費者はごく少数である。大半の人は、商品価格と送料を合計した金額をもとにショップ比較をするに決まっている。仮にそうだとしても、それは送料が高いのではなく、ショップの商魂が不正ということである。
「3980円以上は送料無料」はわかりやすいが、「送料込みライン」は一度聞いてもピンと来ない。「3980円以上の買い物は送料込みになり、送料はかからない」の意味だろうが、実にわかりにくい。無料の2文字があると、楽天が主導的に無料化を店舗に強いたとのニュアンスがあるから、それを除去したかったからに他ならない。それで公取委からの指摘を逃れたのだと言われても反論できない。加盟店に送料無料を押し付けることに変わりはないのだ。
楽天市場は、店舗を増やしてテナントを多数揃える流通市場の仕切り屋であり、巨大なネットスーパーを構築して自らが商品を売買するアマゾン商法と大きく異なる。楽天が胴元になって市場を形成するが、店子も利益を享受する。いろいろ制約や負担はあるだろうが、運命共同体として相互に20年以上栄えてきた事実は軽くないし、評価はできる。しかし、企業が肥大化していくにつれ、また強力なライバルが出現して焦りや驕りが出てきた。
決算会見で見せる三木谷氏の横柄な態度に凝縮されている。「消費者も馬鹿、というのは失礼ですが……」などと口角泡を飛ばす姿は、誰からも支持されない。「アマゾンのように2000円から無料にできればよかったんですが……」とも話した。加えて冒頭のコメントである。泥船になって沈没してもいいのか、という脅しにも聞こえる。取りようによっては弱気の発言でもある。そこまで追い詰められている、との反応を予測していないのならば、独善でなる三木谷船長も相当参っている証拠ではないか。
一消費者として見れば、ここ数年、ネットショッピングは、会員になっているアマゾンが8割、楽天が2割と利用頻度は完全に逆転した。その理由はやはり送料だ。会員だから送料は無料。使えば使うほどコストは軽減する。ただし、済は100円に1ポイントと好還元の楽天カード。アマゾンで買い物をして、楽天で払う。三木谷船長が小馬鹿にするような賢くない消費者は少ないのだ。公取委は消費者ニーズを理解していないのでは、と嘯く前に謙虚な気持ちが欲しい。楽天をやめて他に移る選択肢がないから脱退するショップは少ないが、一夜にして勢力図が変わるのがインターネットビジネスの世界。心したほうがいい。
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平木恭一(ひらき・きょういち)
明治大学文学部卒。経済ジャーナリスト。元金融業界紙編集長、金融業界の取材歴30年。週刊誌や経済専門誌に執筆多数。主な著書に『図解入門業界研究 金融業界の動向とカラクリがよ〜くわかる本』(秀和システム社)、『図解入門業界研究 小売業界の動向とカラクリがよ〜くわかる本』(同)など。