興味がないわけじゃないけど、信頼できるのかわからない。その割に値段も高い。ネットで注文できるなんて、流行に乗っただけのアヤシイ商品なのでは……?


 そう一般人に思わせやすい遺伝子ビジネスのひとつが、「あなたの遺伝子を調べて病気の罹患やスポーツ・芸術の才能、アンチエイジングの可能性を調べます」などと謳う「遺伝子検査」ではないだろうか。


 ヒトゲノムの完成版が2003年に公開され、DNAの解析技術は急速に進歩した。遺伝子検査のコスト低下と時間短縮などにより、検査は徐々に一般に普及し始めた。2019年初めまでに2600万人が消費者直販型の遺伝子検査を受けたという調査もある(2019年5月5日放送NHKスペシャルより)。米女優アンジェリーナ・ジョリーさんに遺伝子変異が見つかり、「乳がんを発症するリスクが高い」として乳房を切除したこともブームに拍車を掛けた。インターネットで遺伝子検査キットを検索すると、多くの商品が溢れ返っている。


 ただ、グーグルで「遺伝子検査」と検索すると、サジェスト機能により「比較」「価格」「正確性」などの言葉が同時に表示されてくる。実際に検査をしてみたいと思っていても「どれを選択すればよいか」迷う人もいるのだろう。ネット上の医療関係者の意見も賛否両論だ。「市民のリテラシーが低い状況で、『割合』しかわからないものを売るのは危ない」「発展途上で信頼性に欠ける」などの意見が見られる。


 そうした疑問を多少なりとも解決してくれる企業と出会った。京都大学発ベンチャーとして、遺伝子検査キットを販売するプラチナファーマ(楊振楠社長、31)だ。楊氏は、普段は京大大学院で生物学や医学分野の研究をしているが、父親が生活習慣病になったことをきっかけに「病気になる前に、もっと手軽に検査を受けられたら」と思うようになり、自身の専門を生かしたこの事業を思い立った。また、ネット上に溢れる遺伝子検査キット商品には信頼性に欠けると思われるものも混ざっていたため、専門職の立場から自信を持って提供できる商品を一般に届けたいという思いもあった。


 

 しかし、遺伝子検査キット市場はすでにレッド・オーシャン。とくにIT企業DeNAの販売シェアは大きく、知名度の高い化粧品企業DHCなども参入している。そこで、楊氏は販売方法を工夫した。遺伝子検査キットは唾液や口腔内粘膜を採取して郵送し、ネット登録などの手続きを経て結果が返送されてくるものがほとんど。人間ドックのように検査項目は予め決まっており、1項目のみなら5000円前後が多いが、複数項目になると3万~7万円となり気軽に買える値段ではない。


 楊氏はキットのみを1980円で販売し、約40種類の検査項目は本人が好きなものを選べるようにすることでコストを抑えた。胃がんや心筋梗塞など検査する遺伝子が1つのものは各2500円。食道がんや痛風など2つのものは各3900円。検査できる分野は「病気のなりやすさ」「肌質」「ダイエット」「男性型脱毛症(AGA)」「才能」の8種。大半の検体は、京大内の実験施設で生物学や医学分野の専門家による解析が行われるほか、自身の専門性から他の遺伝子との相関に関する考え方、参照論文の選択などが、他企業より優位と考えている。


 遺伝子検査の信頼性や信憑性について楊氏は「遺伝子解析のプロトコルはすでにスタンダード化されているため、他の遺伝子との相関関係をどこまでしっかり見ているかが重要。引用論文の時期も大切」と説明する。例えば「金メダル遺伝子」と呼ばれる運動能力に関係する遺伝子検査が人気だが、運動能力は遺伝子だけでは決まらない。日々の練習や食事、体質、生活習慣、既往症などさまざまな影響を受け、それらにも遺伝子は関連している。糖尿病も10~20個ほどの遺伝子を調べる必要があり、主要な遺伝子のみを調べても本人により合った検査結果を導き出せない可能性があるという。解析受託業者がそういった関連性をどこまで深く見ているかが信頼性・信憑性に大きく関わるそうだ。


「ヘルスケアに関する遺伝子検査は『診断』ではない。後天的な努力で変えていけるものもあるので、結果の『%』だけで語るのは難しく、解析する側は表現、伝える言葉を選ぶ力が求められる」(楊氏)。グーグル創業者セルゲイ・ブリン氏の妻で、生物学者のアン・ウォイッキ氏らが起業した遺伝子検査のパイオニア企業が、検査精度の問題でFDA(米食品医薬品局)の規制を受けたことを引き合いにそう語る。


 また、ゲノム解析技術は日進月歩。消費者側がすでに結果を得た項目に関して新しい論文が出た場合、再び検査をすると結果が変わる可能性もある。


 ちなみに、楊氏が事業を立ち上げる際、「地元のドラッグストアで、AGAやダイエットに関する遺伝子検査キットを買っていることが見られるのが嫌だ」という意見が多かったことも、キット購入後の項目選択制につながった。ところが、昨年夏にクリニックやネット上で販売を始めてからは、30~50代の購入者が自身の「才能」の検査を希望するケースが多く、10項目以上希望してくる人もいるそうだ。「AGAなどコンプレックスになりやすい分野の検査を求める人が多いと思っていたので、想定外の反応だった。自分自身の資質を知りたいという大人が多いのかもしれない」(楊氏)。


 楊氏は「『福袋』のように、いろいろ詰め込まれて高額化しているキットを『ユニクロ』のように気軽に手に取りやすいものにしたかった。気軽に生活習慣病予防に取り組んでもらえるきっかけにしてもらえたら」と期待を示す。


 遺伝子検査について否定的な反応を示す医療関係者は多い。しかし、すでにビジネス化され、信頼性が不明なまま市民が簡単に購入できる市場はできあがってしまっている。それなら、このように現状の知見でよりよい商品を提供するのも、情報化時代の医療者の重要な役目ではないだろうか。(熊田梨恵)