「出生前診断を受けないことに決めた」――。


 高齢出産をした友人から、そんな話を打ち明けられた。生まれた子は、今や元気な小学生だから、10年ほど前の話である。


「高齢出産では、ダウン症候群の子どもが生まれるリスクが高まる」という話は当時もよく知られていた。医療関係の会社に勤める友人は、情報収集にも余念がなかったが、「どんな形になっても、受け入れよう」と夫婦で話し合った結果だという。


『出生前診断の現場から』は、長年、出生前診断の現場に関わり、研究者でもある著者が、出生前診断についてあらゆる角度から解説した一冊である。その内容は、診断の対象から、検査方法、検査に臨む人が考えるべきポイント、そして出生前診断を希望する人をサポートする遺伝カウンセリング、歴史と多岐にわたる。


 近年、出生前診断がクローズアップされた契機は、2013年に「NIPT」(無侵襲的出生前遺伝学的検査)が登場したことだろう。


 NIPTは、妊娠女性の血液(血漿中のDNA断片)を調べることで、胎児の染色体の異常を調べる検査。ダウン症候群など3タイプの染色体異常を調べることができる。


 精度が高い一方で、母体に針を刺して子宮内の羊水や組織を採取する「羊水検査」など、それまでの検査にくらべて痛みやリスクが少ない(確定には、今も羊水検査が必要)。高齢出産が増えていることもあって、出生前診断のニーズは高まっているのである。


 とくに体外受精など生殖補助医療によって妊娠した人は、妊婦の平均年齢・平均所得が高く、〈NIPTを受ける割合はおそらく一般の妊婦の一〇倍近くに〉なるとみられている。


■サポートなしの無認可診断


 近年問題視されているのは、無認可でNIPTを行う施設。出生前診断に限った話ではないのだが、インターネット予約で受診して、郵送で結果を送るNIPTが登場している(「NIPT 申し込み」で検索すると、複数の広告が表示される)。


 出生前診断を受けにあたっては、「安心のために検査を受ける」〈結果が出てからよく考える〉というカップルも多い。しかし、想定していなかった「陽性」となった時の当事者は平静ではいられない。本来、NIPTでは「遺伝カウンセリング」で、受診者のサポートを行うが、無認可のNIPTでは、〈陽性や判定保留という結果が出た後の対応がまったくできていない〉。


 著者は〈NIPTや羊水検査を受ける前に、二人で徹底的に考えて話し合い、もし染色体の病気があるならば、そのときは残念だけれども妊娠をあきらめると決心した者のみが、この検査を受けるべき〉と考える。


 逆に〈染色体の病気があったとしても(中略)なんとか二人で育てていこうと考えることのできる人は、はじめからこの検査は受けなくてもいいだろう〉(冒頭の友人のケースがこれだ)。


 出生前診断の進化は今も続いている。「新型」と呼ばれたNIPTも今や世界的に見ると「旧型」になりつつある。


 例えば、「保因者スクリーニング」。夫婦やカップルの遺伝子を調べて、〈妊娠した場合にある特定の病気の子どもが生まれてくる可能性を評価する検査〉である。〈出生前診断としてNIPTの次に国内に大々的に導入される遺伝子検査になるのではないかと一部では目されて〉いる。子どもを持つかどうか以前に、結婚前にカップルで受けて(もしくは親が受けさせて)、何かしらの病気のリスクが高まれば、結婚自体もあきらめる(あきらめさせる)――そんな未来があるのかもしれない。


 診断ではないが、出生をめぐっては、ゲノム編集で治療目的ではなく、〈健康な身体や精神の機能をさらに向上させる〉「エンハンスメント」も近い将来クローズアップされるはずだ。


 本書は、高齢出産に不安を持つカップルや出生前診断を検討している人には非常に有用だが、生命の誕生、障害を持つ子どもと、障害児を受け入れる社会についても、あれこれ考えさせられる一冊である。薄いのに、読み応えあり。(鎌)


<書籍データ>

出生前診断の現場から

室月淳著(集英社新書860円+税)