豪華クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」ほど、新型コロナウィルス問題を象徴するものはない。同時にその処理手際の拙さを最も顕著に示したものはなかっただろう。


 まず、客船の「船籍がイギリスで、クルーズを運行するオペレーターがアメリカの会社のため、それぞれの国の法律に違いがあるから扱いが難しかった」ということが伝えられた。だが、これほどバカげた話はない。公海上を航行している分には、オペレーターの国がどう扱うかを決めるだろう。公海上でSOSを発したなら近くの国が救出に赴く。近くを航行する船舶は“海の男”として、何をおいても救出に尽力する。


 貨物船では船籍は税金対策としてパナマなどを利用することが多い。日本船籍では建造費の9割しか償却できないから船籍をパナマに置き、日本の海運会社か、商社がオペレートしている。現に日本の大金持ちの糸山英太郎元参議院議員が所有していた大型クルーザーはイギリス船籍だった。


 しかし、船籍、オペレーターが外国であっても、日本の領海に入ったら日本の法律に従うのが当たり前だ。ロシアに拿捕された漁船に対してロシア政府が船籍、オペレーターが日本だからといって特別の配慮をしてくれただろうか。まして問題の新型コロナウィルス感染者が乗船していたという問題を抱えていた客船である。船籍やオペレーターの国の法律がどうのこうのといっていたら、他国からバカにされるだけである。


 2つ目には日本人乗船客から「情報がない」「持病の薬がない」というメモが窓越しに示され、アメリカ人乗客からも「インスリンがなくなりそうだ」などというスマホからの話が伝えられた。テレビで盛んに流されたからご存知の人も多いだろう。


 ところが、スペインのテレビニュースでは「ダイヤモンド・プリンセス」の状況が伝えられたが、内容は乗船客が「船長から状況が伝えられ、心配はまったくない。『持病の薬がなくなりそうだ』と訴えたら、船長は窓越しに『すぐに持ってきますよ』と書いた紙を示し親切だった。船長は陽気なイタリア人で元気づけてくれた」と伝えていた。


 この差は一体、なんだろう。答えは「ダイヤモンド・プリンセス」が豪華客船であることだ。屋形船とは違い、豪華客船では1等、2等、3等客室がとある。1等客には必ず船長が挨拶に行き、船内のカジノやダンスパーティ、映画、食事などにエスコートする。しかし、2等や3等客には担当の客室係が案内するのだ。自由と言えば自由だが、乗客には価格に基づいた格差がある。


 もともとクルーズはヨーロッパの発祥で、大金持ちがカネを掛けて楽しむものであり、大型船化して小金持ちも乗せて利益を上げるという仕組みだ。今でもひそかに残る階級社会が通用しているという人もいる。当然、最も大切な1等客には船長が自ら情報を伝え、持病の薬も最優先で提供する。だが、2等や3等客は、その他の雑魚扱いにされたのだ。船長が陽気なイタリア人だから、余計、そんな扱いになったのかもしれない。


 日本人の立場で考えれば、平等に正確な情報を集めて伝えるべきだと考えるが、おそらく担当の船員は忙しく、情報を伝えたり持病の薬を手配したりする暇もなかったのだろう。船長は船内のことはすべて責任を負うべきで、情報がない、薬がなくなる、などといった問題は船長の責任である。陽気なイタリア人船長にはそんな責任感がなかったのではないか。


 ついでに言えば、薬などはヘリコプターで運べは済む。もっと言えば、さんざん話題になったドローンを使えばもっと簡単だったはずだ。猫も杓子もドローンで通販の荷物を運べる、薬を運べる、と熱狂したのではなかったか。


 第3の問題は最大の問題だが、14日間船内に閉じ込め続けたことである。とくに乗船客・船員に新型コロナウィルス検査で陽性の人が次々に出たことだ。接岸したとき、最初に熱がある人、体調が悪い乗船客と乗組員にウィルス検査をし、それ以外の乗船客、乗組員を14日間船内に待機させるとしたのは正しい処置だ。


 だが、問題はその後。検査した人たちの結果が出たとき、船内待機させた乗船客と船員の中から新たに熱が出たり咳が出たりする人が出て、その人たちを検査したら陽性になったことだ。こういう例が次々に起こった。これはすでにウィルスに感染した船員が乗船客にウィルスをばら撒き、感染させていることを示している。次々に感染者が出るのも当たり前だ。即座に乗船客を下船させ、隔離できる施設で14日間観察し、検査を行うしかない。船員から乗船客を隔離すべき判断をしなかったことが感染者を増やした。


 わが厚生労働省の認識不足、判断力、行動力の欠如ぶりを示してしまった。結局、アメリカやカナダなど各国が乗船客を帰国させるチャーター機を出して乗船客を引き取ってくれたことで、なんとなく終息した。しかし、外国政府は口にしないが、「最早、日本は感染防御ができない」と引導を渡したことになる。政府、厚労省の処置ぶりは情けない限りだ。


 ついでに言えば、乗船客で亡くなった方がいる。その人の死因を「肺炎」とし、新型コロナウィルスか、それとも持病によるものかを明らかにしていない。遺族には伝えたのかは不明だが、これは後に問題になりかねないだろう。というのも、「ダイヤモンド・プリンセス」の乗客は日本人に次いでアメリカ人が多い。今回の騒動が終息した後に、乗船客からオペレーターの旅行会社を相手に損害賠償の訴訟が起こるかもしれない。


 むろん、対処できなかった日本政府も訴訟の対象になりかねない。クラスター訴訟で、各国の乗船客が訴訟に加わることも予想される。そのとき、新型コロナウィルスによる肺炎かどうか明らかにしなかったことは遺族が原告に加われなくなる可能性がある。加われても被告側が「死因を新型コロナと発表していない」と主張して排除させる行動をとるだろう。たとえ、遺族には新型コロナウィルスによる肺炎だと伝えたとしても、公表していないことは不利になる。市民が判断する陪審制度の裁判ではどうなるかわからないのだ。国際的な問題であるのに日本人特有のお涙式の発想では禍根を残す。こうしたことも厚労省は考えて行動すべきだった。


 もうひとつ、クルーズ船のついでに言うと、国内で屋形船でのクラスター感染があった。中国人観光客を乗せた屋形船で接客した人が、次に行われた個人タクシー組合の新年会でも接客したそうで、新年会参加者に感染者が相次いで出たという事件だった。


 江戸時代から大川(隅田川)の屋形船は贅沢な観光だったが、たいがい春の桜見物、夏の涼みである。冬の「枯野見」というのもあるが、これは札差のような大尽が粋を競って行ったもので、ごく特殊なお遊びであり、一般の江戸っ子には流行らない。ところが、その枯野見を行ったというのだから呆れる。お大尽のつもりで催した贅沢に天罰が下ったとは言わないが、今ひとつ、同情が湧かない。(常)