今、世界では新型コロナウイルス騒ぎ一色だが、ヨーロッパではもうひとつ問題を抱えている。中東からの移民問題だ。シリアのアサド大統領打倒を叫び、シリア反体制派を支援するトルコがシリア北部のイドリブ県に進出し、ロシアの支援を受けるシリア政府は領内に進出したトルコ軍を空爆。トルコが反撃し……という情勢だ。


 ロシアの仲介で一時休戦になっているが、トルコは国内に溢れている中東、北アフリカの難民をヨーロッパに移動するのを認めた。さはさせじとギリシャは難民を追い返し、難民に死亡者も出ている。EUは移民を各国内に入れないために、トルコに支援金を出すから難民をトルコ国内に留めるように説得している。つい最近までEUは人道主義を錦の御旗にして移民・難民の受け入れを主張していたのではなかったのか、という気がする。


 当初、この移民・難民受け入れを強く主張したのはドイツで、メルケル首相は米タイム誌の正月号の表紙「ピープル・オブ・ザ・イヤー」に選ばれた人だ。そのドイツで反移民、移民へ反感が広がっている。「ドイツのための選択肢」という右翼系(?)の政党の伸長がその証拠でもあるが、同時にドイツ国内で外国人排斥を主張し、移民9人を銃撃するテロ事件が発生した。


 イギリスは移民、難民に反発し、EUを離脱したが、ドイツでも移民難民への反発が増えている。ポピュリズムというが、なぜポピュリストが増えるのか。


 まず、ドイツでは、心の中ではメルケル首相が好きではない人が多い。メルケル首相のお父さんは牧師だが、東ドイツがベルリンの壁をつくった時、西ベルリンから家族を連れて東ベルリンに移住した人で、西ベルリン市民の間では「赤い牧師」と呼ばれた。


 ベルリンの壁が崩壊したとき、「メルケルさんは逸早く与党のCDU(キリスト教民主同盟)に入党。ドイツの政党では入党の年功序列で出世するところがあり、幹部になるとともに当時のコール首相から可愛がられてトップになった」という。しかも「彼女はマスコミとの結びつきが強く、マスコミがメルケル首相を持ち上げる」という、なかには「マスコミを支配し、人気をつくっているプーチン大統領と同じだ」と言う人さえいる。


 メルケル首相は移民・難民問題が起こったとき、真っ先に「ドイツは80万人の移民を受け入れる」と語り、喝采を浴びた。だが、この80万人という数字は、日本の経団連に相当するドイツ産業同盟が「労働者の人件費高騰を抑えるために80万人の労働者を受け入れるべきだ」と主張した数字だ。


 EU最大のドイツが80万人の移民を受け入れると言えば、10倍の800万人以上の移民・難民がドイツに殺到するのは当然である。しかも、知人のドイツ人は「最初の移民は医師、IT技師、エンジニアなど中東でもお金持ちが航空機でやってきた。本当の難民はそのあとから徒歩でドイツにやってきた」と語る。マスコミはメルケル首相を人権主義の人と高く評価するが、実態は違うと言うのである。


 語るのは元中学校の数学の教師で、現在は年金で暮らしているドイツ人だ。夫人は日本人女性で、彼女は国立大学卒業後、ベルリン大学に留学。卒業後、結婚し、以来、50年近くベルリンで暮らしている。夫婦によれば「移民の流入で、よきドイツの習慣がすっかり変わってしまった」そうだ。


「以前は、住宅街で夜10時を過ぎて大声を出したり、音楽を大音量でかけていると、近所の住民が110番し、即座に警察官が駆けつけて静かにするように“命令”して引き上げる。その後、再び騒いでいると、駆け付けた警察官は騒いでいた人たちに数万円の罰金を科す。払えなければ払えるまで勾留される。だから、夜の10時過ぎに騒ぐ人いなかった」


 ドイツでは夜10時過ぎにアパートに帰る人は、足音を忍ばせて階段を上っている。


「ところが、最近は移民が増え過ぎ、夜の10時を過ぎても平気で騒いでいる。警察に通報すると、一度は来て注意するが、騒ぎはやまない。再度、通報すると、警察は「まあまあ」と言い、現場に来ない。彼らは言うことを聞かないから駆け付けても無駄だ、というばかりなんです。今や、静かだった住宅街が騒々しくなっている」と嘆く。


 加えて、「ドイツ人の生活も乱れてきた」と嘆く。


「ドイツでは洗濯物は乾燥機で乾かします。が、フラット(アパート)では1階の人が少数ですが、自宅前の軒下に目立たないように干す人がいます。しかし、移民が入居するようになると、彼らはフラットの垣根に堂々と洗濯物を干す。注意すると、彼らはフラットの前の公園に洗濯物を干すんです。移民が増えた今では公園に洗濯物が並んでいる。最近ではドイツ人も彼らの真似をして垣根に干す人が出てきている。移民がドイツに馴染むのではなく、ドイツ人の生活が移民風に馴染んでいる。私たちは高齢だからもうどうでもよいが、ドイツらしさがなくなりつつある」


 さらに、移民には政府から生活費が支給されている。その金額はドイツ人の失業者や生活困窮者に支給される金額より多いという。失業中のドイツ人が少ない生活費をやり繰りして職を探しているのに、移民・難民は政府からもらった生活費で遊んでいる。ごく普通のドイツ市民がこんなドイツでいいのか、という怒りを持つ人が多い。メルケル首相は移民・難民を受け入れると、歯の浮くようなことを演説し、マスコミは称賛するが、現実は日常にドイツらしさが失われていると嘆く。


 昨年、バイエルン州や旧東独の州議会選挙で与党CDU・CSU(キリスト教社会同盟)は得票を落としたが、原因はマスコミが伝えるようなポピュリズムの台頭ではなく、ポピュリズムへ国民を追いやっていると語る。EU離脱はイギリスだけではなくなるかもしれない。(常)