がんやアレルギーなど疾患や障害のある子どもの家族を取材していた時期がある。そのとき、ランドセルに「エピペン」を入れている息子が、それを理由に学校でいじめられたと母親から聞いた。真面目な雰囲気の彼女が言った「せめてエピペンが、もっとかわいかったらいいのに」という言葉に困惑したことが忘れられずにいる。


 当時の私は「アレルギーを持つ子どものへのいじめ」という話を聞き、子ども同士の「異質なものへの排除」など複雑な心理があるのだろうか、などと深刻に考えた。恐らく、彼女はそんな私の表情を敏感に読み取り、取材の雰囲気を和ませようとしたのか、一度話を終わらせたかったのかもしれない。病気の子どものいる家族は、周囲の雰囲気にかなり敏感なことが多いからだ。


 アレルギーを持つ子どもと乳児期から過ごしている母親は、子ども同士のいじめの感覚など百も承知だろう。しかし私は、その出来事をなんとなく忘れられずにいた。その場しのぎで言ったにせよ、そんな言葉が出るぐらい、エピペンは生活に馴染むデザインではないのだと思ったからだ。


 緊急時にすぐ使えるよう、機能性や容器にイラストが添付されるなどの配慮はしっかりされているが、“ザ・医薬品”の雰囲気が漂っている。子どもが普段持つ道具にあるような親しみやすさはなく、ランドセルに入っているものにしては異質な感じがするのは否めない。


 糖尿病の友人は、人前で自己注射キットを出すのを嫌がる。いかにも医薬品という注射器の雰囲気だけでなく、自己注射という行為を見せることも、「ああ糖尿病なんだ」と相手に思われるのも嫌だという。


 ほかにも喘息患者用の吸入器、福祉用具なら車いすにしても国産の医療機器デバイスや医薬品容器、福祉用具はデザイン性のいいものをあまり見かけないと思っていた。でも、仕方ないことなのだろうとも。

 

 先日、大阪市内で開かれた医療関連展示会で、洒落たデザインのアナフィラキシーショック用自己注射の容器(写真、左)を見かけた。イギリスの会社が製造したその容器を輸入販売している国内企業による展示だった。他の種類の筋肉内注射容器、皮下注射容器などもセンスがいいと感じるものばかりだった。



 それらの容器の設計開発やカスタマイズ、輸入販売などに携わるジーニアス(東京)の根本孟デザイン開発部長によると、人間工学に基づいた設計にもなっており、キャップの外しやすさや握りやすさ、針を刺したときの痛みも他社製品と比較して軽減されているという。


 元々自動車や家庭用ロボットなどの工業デザインをしていた根本氏は、リウマチを患う祖母の手足が動きにくくなって生活に不自由を抱えているのを見て、「患者が使いやすい医療機器デバイスをデザインできないか」と考えるようになったという。「日本製で使い心地のよいデザインのものが出てきたら皆嬉しいと思うはず。機能が重視され、デザインは後付けになる業界の文化を変えていけたら」と、デザインの力への期待を語る。


「欧州、とくにイギリスの医療機器デバイスはデザインと機能が両立されているものが多い。このアナフィラキシーショック用自己注射の容器も使いやすさを考えて『こういうデザインにする』と決めてから、エンジニアとデザイナーが一緒に開発されたもので、とてもクールな考え方だと思った」という根本氏。例えば、イギリスのケンブリッジ大学周辺の医療クラスターにはデザインと人間工学を考えられる優秀な工業デザイナーを抱えた企業が多く、日本とは企業文化がまったく違うそうだ。


 たとえ容器が変わったとしても、ランドセルに入ったエピペンを見れば子どもは珍しさから「何これ?」と言うだろう。しかし、少しでも馴染みやすいデザインであれば、冒頭の母親の言葉は別のものに変わっていただろうか。「かわいい」医薬品の容器というものが、当たり前になればいいと、当時を振り返りながら思った。(熊田梨恵)