新型コロナウイルス感染が全世界に広まっている。我が日本では感染蔓延に対する対処は万全だったのだろうか。3月に入ってからマスコミは安倍晋三首相が後手後手に回ったと批判を強めた。そのせいなのか、突然、全国の小中高校の休校を要請したが、それまでの1ヵ月間はどうだったのか。
まず中国・武漢市で新型コロナ感染が公表されたのは、確か1月7日だった。中国政府は「武漢市で新型コロナの感染があった。感染者は市場周辺の少人数で医療機関が対処し抑えられている」という発表だった。
しかし、注意深い人なら気付いたはずだが、その3日ほど後、武漢市で爆発的な感染になっていることがわかった。ネットに「武漢の病院に行ったら廊下にまで感染者が溢れている」という投稿があったからだ。投稿の写真では病院の廊下に点滴を受けている状態の患者、長椅子にうずくまる患者に溢れ、足の踏み場もない状態が映っていた。しかも、例によって、この投稿は即座に削除された。この当局の措置から、実際には武漢で新型コロナ感染が蔓延していることが判断されたはずだ。
ところが、中国ウォッチャーによると、武漢で新型コロナが蔓延していることがわかったのは昨年12月15日だという。武漢市の内科医40数人がネットで情報交換しているそうで、そのうちの1人の内科医が「この新型ウイルスはヒトからヒトに感染すること、すでに院内感染が起こり、4割が医療関係者だから要注意だ」という内容を仲間の内科医に通報。情報は40数人の内科医同士が共有するものだったが、1人の内科医がこの情報を投稿サイトに流した。すると、即座に情報が削除され、最初にリスク情報を伝えた内科医が武漢市当局から情報を流さないように“始末書”にサインさせられた、というのである。
12月31日に自信が新型コロナに感染した李文亮医師(その後死亡)がネットで新型コロナ感染に注意を促したことで、中国国内で李医師は英雄視されたが、中国ウォッチャーは李医師は眼科医のため、内科医の間で共有されていた情報を知らなかったようだという。
ともかく、中国ウォッチャーは内科医が発した情報で武漢では新型コロナが蔓延している、あるいは、蔓延しつつあることがわかったというのだ。武漢には日本の領事館があるが、国内の中国ウォッチャーが掴んだ情報を知らなかったのだろうか。海外駐在者なら誰もが感じているように、日本の外交官は駐在邦人、日本国民、国家より、駐在国の政府の“よき理解者”になっているため、ネットの情報などは信用しなかったのかもしれない。むろん、厚生労働省も首相側近も注意を払わなかったといえる。
安倍首相の責任が問われるのは、1月31日だ。この日、アメリカは中国への渡航を全面禁止した。このとき、中国・外交部はアメリカの措置を批判したが、声明の中で「アメリカには30回に亘って情報を提供してきたのに」と言っていたのだ。中国ウォッチャーは「口が滑ったのだろう」というが、中国はトランプ大統領には30回も情報提供して話し合いをしていたのに、安倍首相には中国から1回も情報提供がなかったのだ。安倍首相自身も国賓として訪日することになっている習近平国家主席に電話もしていない。
安倍首相が行ったのはアメリカに追随した渡航禁止だが、アメリカが中国全土への渡航禁止だったのに対し、安倍首相が採ったのは武漢への渡航のみの禁止だけだった。北京や上海など、武漢以外への渡航は制限しなかった。「血で結ばれた」中国の友人と自賛する北朝鮮や外交政策で最も密接なロシアが中国への渡航を禁止したのに、である。
日頃、トランプ大統領とは友達だと言っていたが、アメリカとも情報交換していない。なぜだろう。新型コロナを軽く見ただけだろうか。安倍首相の深層心理を推し量れば、習近平国家主席の国賓としての訪日が4月に控えていることがある。桜の季節に迎えようという発想だ。
安倍首相はトランプ大統領と親しいことを自慢している。友達なのか、家来なのか知らないが、トランプ大統領からトウモロコシを買えと言われれば、「前倒しだ」と言ってトウモロコシの購入を約束し、アメリカ製武器を買えと言われれば、日本自身が試作したステルス戦闘機を無視してアメリカからF35ステルス戦闘機を大量購入し、地上配備のイージスアショアを2基購入した。
ロシアのプーチン大統領とは20数回会談している。北方領土返還問題では日ソ共同宣言に基づき平和条約を結ぶといい、四島ではなく、二島の返還だけで済まそうとしているかのようだ。が、ともかく、プーチン大統領とも親しくなっている。残る世界の大物リーダーは中国の習近平国家主席だ。なんとしても習近平国家主席を日本に招き、「世界の大物と親しい」ということを国民に示したいように見える。
そのために習近平国家主席の機嫌を損ねないように渡航禁止を武漢だけに留めた、としか見えない。安倍首相が3月に突然、小中高校の一斉休校を発表したのは習近平国家主席の訪日中止が決まった直後だったことを見れば一目瞭然だ。。国民の健康よりも自身の栄光を重視したとしか言えない。今年の桜は訪日よりも先に満開になったが、習近平訪日中止は昨年から問題になった「桜を見る会」問題をウヤムヤにした祟りかもしれない。
さらに、武漢からの日本人帰国が挙げられる。政治記者は武漢からの邦人帰国は最初で安倍首相の指導力を高く評価したが、事実はちょっと違う。最初に武漢からアメリカ人の帰国を交渉していたのはアメリカ政府だった。米国は航空機2機を飛ばし、帰国させるアメリカ人全員を軍の施設3ヵ所に14日間隔離するというもので、これが米テレビで報道された翌日になって、安倍首相が武漢からの邦人帰国を交渉すると言ったのである。
邦人帰国が日本がアメリカより先だったのは、米中間の交渉がアメリカの渡航禁止措置に反発した中国政府が、アメリカを牽制するために日本を先にしただけに過ぎない。政治記者は国際情勢を見ないからこういう「フェイクニュース」を流してしまう。
加えて、アメリカは帰国者全員の収容先を確保しているのに、日本は確保していなかった。いや、正確に言えば、厚生労働省が関東近県の医療機関に収容を交渉したが、どこの病院からも断られ、ようやく受け入れてくれたのが千葉県のホテル三日月だった。
14日間の経過観察がすべて個室ではなかったことが問題になったが。その理由をホテル側は「140人と聞いていたのに190人だったため全員を個室にできなかった。夫婦や同僚という人がいたので、そういう人に2人で1室を使うようにしてもらった」と語っている。国会でこの不手際を質問された安倍首相は「多くのところが受け入れてくれなかったのに、ホテル三日月は受け入れてくれたんです」と強弁したが。これは問題のすり替えである。誰もがホテル三日月の行動は高く評価している。問題は、飛行機は飛ばしたが、受け入れ先は泥縄式だった、ということなのである。
もうひとつ、安倍首相の後手に回った問題に豪華クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」がある。世界から「感染の実験室」と言われたが、実際その通りだ。14日間の観察期間を設け、上陸させないという措置は正しかった。着岸後、最初に体調の悪い人、熱のある人を検査し、感染者を入院させたのも正しい判断だった。
だが、その後、次々に感染者が出たとき、乗客を乗務員と切り離して上陸させ隔離すべきなのに船内に留めたことが、感染を拡大させた原因だ。新型コロナに感染した乗務員が乗船客の面倒を見たのだから、カナリアがいる鳥籠に病気の鳥を入れたようなものである。
なぜこんなことになったのかを考えれば、日本のトップが責任者として指揮をとろうとせず、厚労省に丸投げしたからだ。感染症に対処するのは厚労省だが、クルーズ船の上陸許可は法務省、乗客の輸送などは国土交通省の管轄だし、船主、オペレーターは外国だから外務省が関わらなければならないし、さらに感染症対策の費用は財務省、応援が必要になれば自衛隊の医官派遣で支援するために防衛省の協力等々、各省庁が関わらざるを得ない。厚労相が他省に要請しても他の省庁は他人事としか見ない。
こういうときには首相自ら各省庁の責任者を決めて各省庁に指示しなければならない。責任者を決めれば各省庁は必死に取り組む。ところが、安倍首相は我関せずだった。問題が起こったら厚労相の責任にしようとしていたとしか考えられない。
厚労相の技官や協力した医師は専門職であり、科学者である。当然だが、彼らはエビデンスのないものは信用しない。今後どうなるかを判断させるのは無理だ。先を予想して判断すべきなのは文官である。こういう場合、役に立つのは大学時代から遊び歩いた文系出身者だ。勉強よりも遊び歩いて失敗したり、無駄なこと、バカなことを経験している人間のほうが遊び歩いた経験から視野が広くなる。それが文系の価値なのだ。
科学者である医師から、技官から現状を聞き、最悪を予想して何をすべきかを判断、指示できる。それで最悪の状態を回避できればいいし、予想が外れて最悪の状態にならなかったらそれはそれでよし、なのである。
もっとも、文官でも東大法学部卒の高級官僚は避けたほうがいい。東大法学部卒は学生時代、3年生で司法試験に合格することを目指してひたすら勉強してきた人たちで、バカ遊びをしていないから同じ文系でも視野が狭くなる。
そのいい例が発熱した人の観察期間である。最初に14日間と見られていたのに、WHOが中国からの報告として12.5日に変更し、すぐに14日間に直したのに、WHOを有り難がり追随したミットモナイ右往左往ぶりだ。
科学者ではない首相こそが科学者からの話を聞き、総責任者となって指揮をとるべきだったのに、それをしなかったことこそ問題なのだ。安倍首相は認識が欠如しているだけでなく、想像力を働かせなかったし、判断力も決断力も行動にも欠けていた。そのうえ、感染症対策でも自ら国民に向かって「こういうリスクがあるから、こういうことを指示する、要請する」とも言わなかった。
安倍首相が国民の前に出てきたのは習近平国家主席訪日が延期となってからの3月である。それまでに1ヵ月以上もかかっている。新型コロナが大騒ぎになって1ヵ月後に安倍首相は突然、国民の前に登場して、表明したのが小中高校の一斉休校の要請だ。それも武漢からの邦人帰国と同様、休校による後の問題を考えていなかったし、対策費についての言及もなかった。
こういう場合、例えば、「1兆円を用意して休業補償に充てる。資金は国債を発行する」というように、指導者たる者はとりあえず巨額の金額を示して国民を安心させることが肝要なのだ。法律がどうのこうのというべき場合ではないということがわからないのは情けない。
つけ加えれば、緊急事態法に対しても野党からインフルエンザ等緊急事態法の応用を提案されているのに、「インフルエンザではない」などと言って、改正法を主張するのはバカではないかと思う。いつも野党から法律に書かれていないと言われると、「等」に含まれると答えていたのではなかったのか。しかも、野党から提案されているのだから問題にならないし、すぐに活用できる。
だが、安倍首相は改正に拘った。深層心理を推し量れば、緊急事態法が民主党政権時代に成立した法案だから嫌なのだろう。安倍首相は国民の健康を犠牲にしても自分のことしか考えていないことが見て取れる。ここにも安倍首相は自分がトランプ大統領、プーチン大統領、習近平国家主席と並ぶ“偉大な”指導者なのだということを示したかったとしか見えない。
この間、北海道知事や大阪府知事、和歌山県知事、名古屋市長など、自治体の首長が首相より先に指導力を発揮して感染を食い止めようとしている。いっそ、こういう首長に首相を代わってもらいたいくらいだ。幸い、国民が医師の発言に沿ってマスク、手洗いなど、感染を抑えようとしたことでなんとか新コロナ感染の拡大を抑えているのが救いだ。やはり日本の政治家は二流だった。(常)