関西電力の役員ら幹部が福井県高浜町の元助役の故・森山栄治氏から金品を受け取っていた事件には開いた口が塞がらない。果物や海苔を贈られたというのなら、贈答の範囲と同情もできるが、金品はいけない。
発表された第三者委員会(委員長=但木敬一元検事総長)の調査結果によると、金品受領は30余年に亘り、なんと75人が3億6000万円を受け取っていたというのだ。単純計算すれば1人当たり480万円だが、金品を貰いっ放しで30年も続いたことになる。その見返りが、原発工事の元助役の関係会社への発注だったという。発注金額も元助役側の言いなりだろうから、高くなった工事費は消費者に付け回されたことになる。これはもはや詐欺である。
発端は、高浜原発3号機、4号機が運転を始めた直後、貯木場を持つ港運会社から、海水温の上昇で木材を食い荒らす二枚貝が増殖、貯木場の木材に被害が出たというトラブル報告だという。港運会社から高値で貯木場の買い取りを迫られ、仲介を依頼したのが元助役で、それ以来、元助役との関係が続いたという。
贈られた金品を返そうとすると、元助役から怒鳴り付けられたりして返すに返せず、ずるずると続いたらしい。役職員は数年間で交代するが、新任の役職員も金品の受領が続き、“伝統”になっていたようだ。それにしても30年間も誰ひとり強硬に返却したり声をあげたりする人がいなかったのには驚く。
そもそも原発には必ずと言っていいほど余分のカネが流れる。原野だった崖っぷちに原発ができると、地元には原発3法による巨額の助成金が入り、自治体は一気に裕福になる。立派な道路ができ、原野が造成され電力会社で働く人のための住宅やアパートがつくられ商店も並ぶ。街が一変するのだ。
それだけではない。電力会社にはトラブルをカネで解決するという気持ちが生まれ、自治体側も要求すれば電力会社が叶えてくれるといった甘えが出てくる。
例えば、ある電力会社幹部から聞いた話だが、電力会社が原発の増設を計画したとき、地元が「原発はもう要らない」と反対した。当時、サッカーのJリーグが人気になっているときで、地元がサッカー場を建設したがっていることを小耳に挟んだ電力会社は、夜間照明付きの立派なサッカー場を建設し、地元に提供した。すると、原発増設にOKが出たのだ。
原発だけではない。原発から都心への送電線を引くために最短の距離を選んだところ、途中の山にオオタカの営巣地があると判明。急遽、回り道をする送電線計画をつくり、通過する村に協力を求めたところ、「なんで都心の人が使う電気をおらが村に通すのか」と反対された。しかし、電力会社はこういう反対には慣れている。村長が村民のために温泉を計画していることを聞き込み、早速、温泉掘削と温泉施設の建設を申し出た。
むろん、この温泉施設が完成したとき、送電線が村内の山の中を通ることを認めたのは言うまでもない。日本の送電線建設費用は1km当たり数億円かかるといわれ、アメリカの10倍を超えている。欧米と比べ、日本の電気代が高いのは、こうした費用が含まれているからだ。
それにしても関電への金品贈与は度を越えている。日本では原発は13ヵ月ごとに停止して点検することになっている。再稼働のときに地元が反対でもすると面倒なことになる。巨額の設備投資をしているから閉鎖することもできず、なんとか認めてもらうしかない。それが弱みになって、元助役のように脅されると、言いなりになるしかないという気持ちもなったのだろうと推察できる。
とはいえ、「要らない」「返す」と言えば、何をされるかわからない。会社に嫌がらせでもされると、サラリーマンの身では社内での立場もなくなる。こういう場合、どうしたらいいのか。
参考になるのが、そごうの元会長だった水島広雄氏(故人)の場合だ。そごうが破綻したとき、新聞が「水島氏は右翼の児玉誉士夫氏からダイヤモンドを貰っていた。その所得税を払う代わりに物納した」と報じた。
だが、事実はちょっと異なる。実際はこういう経緯だ。かつて、自民党の河本敏夫衆議院議員がオーナーだった三光汽船が同業のジャパンラインの株買い占めを行った。買い占めた株は41%にも上り、困ったジャパンラインの社長は右翼の大物だった児玉氏に仲介を依頼したのだ。
ロッキード事件が起きるまで、児玉氏は政界から暴力団にまで繋がりがあり、「黒幕」と恐れられた人物だ。手向かいでもしたら何をされるかわからないと恐れられる存在だった。覚せい剤問題が起こったとき、暴力団に「麻薬追放」のデモをやらせ、話題になったこともある。その児玉氏が動いたら誰も言うことを聞くと見られていたのだ。
ところが、児玉氏側が河本氏に買い占めた株を手放すように要求したが、河本氏は拒否。当時の野党だった社会党に三光汽船問題を国会で追及させたが、河本氏は動じない。マスコミ各社にも児玉氏側から三光汽船の船転がし、株転がしの資料が送られてきた。だが、新聞各紙は後難を恐れて記事にしない。週刊誌と月刊誌が報じたが、それでも河本氏は一向に相手にしない。
困った児玉氏は、野村証券の実力者だった瀬川美能留会長に相談したところ、「河本が言うことを聞くのは、そごうの水島会長しかいませんよ」と言われ、水島氏に仲介を依頼したという。実は、河本氏は太平洋戦争が勃発したとき、旧制姫路高校の学生だったが、戦争反対のデモを実行した人物である。世間が鬼畜米英を叫び、戦時色濃い時代に高校生の身で戦争反対のデモをやったのだ。むろん、即座に放校(退学)処分された。そんな人物だから右翼の大物だから何だ、と言えたのだろう。怖いもの知らずである。
ともかく、水島氏は双方を呼び、水島氏が裁定する値段で河本氏は株を手放し、児玉氏側が買い取ることになった。こうしてジャパンライン株買い占め事件は解決するのだが、その後、児玉氏は水島氏に20カラットとも言われるダイヤモンドをお礼として贈った。このとき、水島氏は受け取りを拒否すると面倒なことになるし、貰ったままにするわけにはいかないと、ダイヤモンドを国税庁に寄贈したのだ。国のものになってしまえば、誰も文句は言わないだろうという発想だ。
ダイヤモンドは少々、黄色がかっていたそうだが、後に水島氏は国税庁長官から「預かったあのダイヤモンドを鑑定してもらったら、5000万円くらいだそうだ」と聞いたという。それから数十年後、そごうが破綻したとき、新聞記者がどこから聞いたのか、「水島氏が児玉氏からダイヤモンドを貰っていて、追徴課税を払う代わりにダイヤを物納した」と報じたのだ。新聞報道にもかかわらず、地検も国税庁も何ら動かなかったのは、水島氏が受け取った数十年前に国税庁に納入しているのを知っていたからだ。
話を戻す。ダイヤモンドとは金額も違うだろうが、関電には元助役から金品を受け取って困ったと思った人がいたはずだから、関電が各人から預かり1年分をまとめて、水島氏のように「元助役から受け取ったが、返すと面倒なことになるし、貰うわけにもいかないから」と国税庁に預けてしまえばよかったのだ。面倒な人から受け取った金品は会社に預けることが後難をなくす方法であり、会社も後難を受けないように国庫に寄贈してしまえばよいのである。
まさか、元助役は国税庁に文句を言うわけにもいかないだろう。国民にも説明がつく。「困った、困った」と言いながら懐に入れたら収賄である。乞食根性である。もはや取り返しはつかない。公益事業の名前が泣く。(常)