3月21日時点――国内では医療崩壊は起きていないが


 中国湖北省武漢市から2019年12月頃に始まった新型コロナウイルスによる感染は、日本にも大きな影響を与えた。ここでは、この原稿の執筆時点を明確にしながら、大阪府を軸に関西から国と地方がどのような対応をとってきたかを、その対比をみながらレポートしてみたい。


 当然のことながら、この原稿の執筆時点は、原稿掲載時点とは状況が大きく異なる。そのことを念頭におきながら報告を進めるが、時点ごとにどのような政策の揺らぎが見えるかを検証することによって、折々の臨場感を持ったレポートになるのではないかと、ひそかに期待する。


 ●新型コロナウイルス感染者数(2020年3月21日現在)※国内はクルーズ船含まず

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国内 感染者数 1,007人 死亡者数 35人(回復者数 227人)

国外 感染者数 232,411人 死亡者数 9,800人(回復者数 87,450人)

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 なお、このレポートでは、医療提供体制に基本的な課題意識を絞ってレポートをしていく。なぜなら、震源地となった中国武漢市、その後の欧州の感染拡大の中心的スポットになったイタリア北部などをみると、いわゆる「医療崩壊」が、その感染拡大の大きな原因としてみられるほか、致死率の偏差の大きな要因とも考えられるからである。


 日本では、感染がクローズアップされた1月後半から2月半ば過ぎまで、PCR検査の必要をめぐって過大な論議があった。現実に国内の検査数は、3月下旬時点で少ないまま過ぎている。安倍晋三首相は当初、検査の充実を約束する場面もあったが、政策の現場では、感染者とそのクラスター関連の関係者の検査を重点におかれ、37.5度レベルの発熱の4日間継続などの基本的検査対応レベルを大きく緩和することはなく進んだ。


 むろん、後述するが、オーバーシュート(爆発的感染拡大)の懸念から、3月下旬時点ではリンク(感染源)が追えない患者の存在に対するリスクも指摘が強調される展開となっており、PCR検査の実施状況は変化することが予測されていた。しかし、本質的には医療崩壊を起こさないことが第一義的に意識され、むやみな検査は規制がかけられている状況が続いていた。


 なお、PCR検査に関しては、3月22日時点では、東京オリンピックの開催の是非をめぐる報道のなかで、「日本はPCR検査提供能力の6分の1しか使っていない」という非難が海外メディアの発信からもみられている。感染者数を低く見せるためではないかとの疑問を示していると思われるが、死者数をみるとその非難の根拠は脆弱になる。


●政府の対策【3月10日対策本部発表】


 医療提供体制については、政府の対策本部が3月10日に第2弾の対策を発表する中で触れている。関連部分を抜粋する。


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 現在(3月10日)、全国で2000を超える感染症病床が存在するが、感染症指定医療機関や国立病院機構などの公的医療機関等を最大限活用し、緊急時には5000を超える病床を確保しており、引き続き必要な病床の確保を進める。

 また、重症者に対して適切な入院医療を提供できるよう人工呼吸器等の導入など、地域における医療提供体制の整備等を支援する(補助率2分の1)。

 あわせて感染拡大の懸念等から健康不安に関して遠隔で医師に相談したいというニーズに対処するため、遠隔健康医療相談窓口を設置する。

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 政府対策本部の発表する緊急対策は、この第2弾でもそうだが、すべてにわたって政府が国民に何をできるかを発信したもので、全体に政策に対する信頼を求める内容が中心である。そのためPCR検査の面でもみられるように、その時々の国民意識に沿うような発言や対応が見られる。為政者としては、パニックを起こさないように細心の安全保障が担保される発進でなければならないのは当然で、その意味ではなるべく具体的な内容は避け、現行のインフラで対応できることを強調するのは不自然ではない。


●大阪府のトリアージ路線【3月19日時点】


 こうしたなかで、政府より具体的な医療提供体制確保で一歩先を走り始めたのが大阪府。1月24日に「大阪府新型コロナウイルス対策本部」を設置、3月13日までに8回の会合を開いている。政府の本部が専門家会議として医療関係者や学者も含む広範な提言組織を持つように、大阪府も行政本部が、対策の決定遂行機関でありながら、専門家会議も開催している。したがって、国と地方ではその設置方法などに大きな違いはない。


 8回目の対策本部が開かれた3月12日時点では、国内の感染者数は619人(クルーズ船関連除く)で、死者は15人、うち大阪府は感染者数64人、死者は0人だった。


 前日の12日に開かれた大阪府の専門家会議では、以下のような現状認識が示されている。主なものを抜粋する。


・8割の患者は軽症で、5%が重症・重篤化し、2%が死亡。

・8割の感染者は他人にうつすことはない。

・基本は有症者が感染を媒介しており、無症状社からの感染は心配はしなくていい。

・ライブクラスターについて、特定できる人への対応と不特定多数の人ヘは広報を行う大阪府の取り組みはうまくいっており、よい事例。大阪でどんどん患者が見つかっているように見えるのは、しっかり範囲を決めて発掘できているため。また、調査が進むごとにリンクが追える陽性者が増えている。

・学校等については、現在、学童保育や小学校での預かり保育で講じている対策と同等の感染症対策を講じ、安全を担保したうえで、再開を検討してもよいのではないか。


 こうした12日の専門家会議を受け、13日、18日に府対策本部での論議を受ける形で、吉村知事は18日、4月からの休校措置の解除、クラスターとなった4つのライブハウスの再開へのゴーサインを出した。


 さらに、大阪府の大きな独自戦略として打ち出されたのが「トリアージの重視」。実は吉村知事は特措法成立前後から、「大阪ではトリアージを重視する」方針を、機会あるたびに発言してきた。端的に言えば、新型感染症の陽性者を無症状、軽症、重症に分けて対応していくもので、最終的な目的は重症者の医療確保。具体的に策定されたのは、入院可能な空き病床を把握し、広域的に入院調整する「フォローアップセンター」の設置。武漢市やイタリア北部で顕在化した医療崩壊を防ぐ考えが濃厚に打ち出された。


 こうした方向は大阪府では基本方針として集約され、合意されていることがわかる。ある意味、非常に具体的で速度は早いが、一定の熟議の経過もみてとれる。大阪府が、国の指示待ちにあえてこだわらず、地域に合った方策を選び取る努力をしていることが伝わっていたのである。



●厚労省のサゼスチョン


 しかし、3月19日夕に至って、フォローアップセンター以外の大阪府の基本方針、学校再開、ライブハウス解禁の方向は後退を余儀なくされる。


 吉村知事が突如、「3連休(20~22日)は大阪・兵庫間の往来は不要不急のものは避けてほしい」という自粛要請を発表したのだ。さすがに、このアナウンスは全国ニュースでもトップで報じられた。その理由は翌日明らかにされた。


 背景は18日にもたらされたとされる厚生労働省からの「提案」。知事はTVのインタビューなどに応える形で、厚労省医政局の「室長クラス」の人物が文書を持参したことを明らかにした。厚労省は、21日時点までに同文書を府知事に示したことを含めて何も公表はしていない。


 府には厚労省は非公開を求めたそうだが、吉村知事は大阪市の松井一郎市長とも協議して、公開に踏み切ったと述べている。文書には具体的な観測数値が書き込まれ、公開した方が大阪府民や兵庫県民の理解は得られやすいと判断したという。同時に、同文書内容を重視するスタンスも明確にした。要するに府の独自戦略は当面は引っ込めた格好だ。


 当該の文書は、16日付(知事は厚労省が持ってきたのは18日と説明)で、「大阪府・兵庫県における緊急対策の提案(案)」というもの。「感染源不明症例が感染世代(5日程度)毎に増加。1人が生み出す2次感染者数の平均値が兵庫県で1を超えている。見えないクラスター連鎖が増加しつつあり、感染の急激な増加が既に始まっていると考えられる」との前提を置き、以下の試算を示した。なお、この試算・シミュレーションは厚労省コロナ対策本部クラスター班の西浦博・北海道大教授が作成したとされる。


●公開されないシミュレーション


 それによると、3月19日までの間に患者78人(うち重篤者5人)、次の7日間(20~27日)患者586人(30+9人)、次の7日間(3月28日~4月3日)患者3374人(227人)。そのうえで、感染者報告数が急速に増加し、来週には重症者への医療提供が難しくなる可能性あり、と医療崩壊への道筋も警告している。


 その試算を受けた「必要な対策案」の中に、大阪府・兵庫県の内外の不要不急な往来の自粛が盛り込まれた。吉村知事が緩和策も展望していた学校やイベント開催も、休校、中止の呼びかけが継続されることになった。それにしても、「試算」を示して府の対応にブレーキをかけにきた厚労省の姿勢には並々ならぬものを感じさせる。


 筆者も、吉村氏のインタビューをTVで見た大阪府民のひとりだが、「オーバーシュート」という言葉の浸透と、その現実化の懸念は人々の恐怖を煽る。この判断は仕方ないようには思えた。しかし、そうしたシミュレーションがあるなら、どうして政府レベル、全国レベルで厚労省は公開しないのであろうか。あるいは、リンクが追えない陽性者が見つかり、クラスター形成の危惧がある地域に、地域住民への警告も兼ねたシミュレーションを提供すべきではないだろうか。(幸)