「がん治療」に関する情報は数多ある。


 入門書に限らず、週刊誌のがん特集、学術書に近い難解な解説書、特定のがんや治療法、薬にフォーカスした書籍、「○○で治った」という体験談、刺激的な(珍)説を唱える新書、玉石混交のウェブサイト……。巷には、がん治療の情報があふれている。がんとは、それだけ患者や家族が熱心に情報収集を行う病気なのだ。


 表紙に踊った、〈世界中の医学研究を徹底的に比較してわかった〉という“あおり文句”と『最高のがん治療』のタイトル――。表紙から受ける少しばかり刺激的な印象(ちなみに、医療広告の世界だと、「最高」はNGワードである)とは裏腹に、エビデンスに基づいて、極めてきちんとまとめられた一冊である。


 最初に気になったのは、やはり「最高」の定義だ。この疑問に著者は冒頭で答えている。保険が適用される、いわゆる「標準治療」こそが、〈最も効果が期待できる最高のがん治療法〉だという。


 標準治療という字面からは、「平凡」「特上ではない」治療という印象を受けがちだが、実のところは〈効果があるかどうかを徹底的に調べ抜かれている〉治療である。厳しい審査プロセスを通過した、〈「スーパーエリート」の治療法〉なのだ。


 では、いかにも「最先端」「最新」(=よさそう)のにおいがする、「先進医療」はどうか?


 先進医療とは、〈海外や国内の基礎研究、臨床研究で効果がある程度認められているものの、国が承認して保険適用にするほど信頼性の高いデータが得られていない治療法〉(=未検証または検証中)である。


 先進医療は「最新の凄い医療」などと謳って、メディアでもしばしば取り上げられるが、実際のところ、〈毎年約100種類の先進医療が指定されて〉、〈効果が証明されて保険適用になった治療法は、1999年から2016年までの間で109種類(6%)〉しかないのだという。想像していたよりだいぶ低い数値だ。


■緩和医療の延命効果


 肌感覚とピタリとあったのが、民間療法に関する米国の調査結果。〈教育レベルと収入が高い地域に住む人ほど、標準治療ではなく代替療法を受けている人の割合が高いことが明らかになった〉。米アップル社の共同設立者のスティーブ・ジョブズ氏が典型だろう。女優の川島なお美さんも代替療法に頼ったとされる。


 自分の周りでも、代替療法を選んだ人は、思いつくだけで複数人いる。皆、教育レベルも収入も高い人たちだ(そもそも代替療法は高額のことが多いから、現実問題として、おカネがなければ受けることはできないだろう)。いずれも、よい結果とはならなかった。


 がんを治す食事、サプリメント、民間療法……。新たな方法が次から次に出てくるが、きちんと証明されたものはない。なかにはサプリを飲んでいた方が、予後が悪いケースもあるので注意したい。


 一般には、がんを発見するうえで、万能の検査に近いイメージでとらえられているPET検査。こちらもカネのかかる医療だが、実は、〈国立がん研究センターの研究では、PET検査は従来の検査に比べて、感度が18%と低かったと報告されて〉いるという。〈ほかの検診で「要精査」とされた時の精密検査として使われるべき〉というのが正解だろう。


 昨今、ようやく日本でも重要性が認識され始めた緩和医療だが、延命効果があることが明らかになっている。本書によれば、延命期間は早期から緩和ケアを実施したグループで2.7ヵ月延長(中央値)。一見、短いようだが、革新的な医薬品の扱いを受けているオプジーボの2.8ヵ月に匹敵する。痛みが軽減され延命につながるなら、緩和医療を受けない理由はない。


 本書には、さまざまなエビデンスのある“金言”が記されている。多くの愛飲家に衝撃を与えそうなのが、〈最も健康によい飲酒量はゼロ〉だろう。適切な飲酒は健康にいいとして、赤ワインを飲むフランス人が心筋梗塞になりにくい「フレンチ・パラドックス」はよく知られてきたが、結局のところ「酒量ゼロ」が最も健康によいというのが、最新の結論だ。


「酒を飲まないとストレスたまるなぁ」と考えていたところ、〈ストレスががんの成長を速めるという信頼に足る根拠はありません〉だとか。ぐうの音も出なくなってしまった。


 わかりやすくまとめられた本書は、“情報洪水”のがん治療の世界にあって、全体像を知り、ウソに惑わされないための、「最初の一冊」としてオススメである。(鎌)


<書籍データ>

最高のがん治療

津川友介、勝俣範之、大須賀覚著(ダイヤモンド社1500円+税)