このところ、公正取引委員会の絡む話題が目立つ。報道によれば、公取委は近く銀行の送金手数料の引き下げを金融業界に促すという。銀行と公取委は長い間、金利や手数料を巡って意見を異にしてきた歴史があるが、そのたびに公取委は歯がゆい思いをしてきた。このところ強腰が目立つだけにリベンジなるか。
公取委は4月15日の事務総長会見で、「キャッシュレス決済分野と家計簿サービス分野の実態調査を取りまとめ、今月中にも公表する」ことを明らかにした。実態調査をベースにした報告書で銀行の送金手数料について触れると想定できるが、理論の立て付けが見えてくる。既存金融機関の手数料体系は、国が推進するデジタル戦略の中で大きな位置を占める「フィンテック」分野の成長を阻害している、との見解だ。
とりわけ問題視するのが、送金手数料である。銀行の送金(為替)システムは、1973年に稼働した全銀ネットワークシステムのもとで運営されている。送金にあたって振り込む銀行は、振り込まれる側の銀行に一定の手数料を支払う。3万円未満1件117円、3万円以上は162円。この額は全銀システム稼働以降、半世紀近く変わっていない。利用者はこの送金手数料の一部を負担している形になる。
近年は、スマホ決済や電子マネーなどのデジタル決済(通貨)が台頭しているが、銀行口座からの引き落としやクレジットカードを介した資金決済が伴うので、デジタル決済だけで金融取引が完了するわけではない。いくら電子マネーが便利になったといっても、しょせんお金は銀行口座にある。暗号資産(仮想通貨)でも使わない限り、銀行が資金移動(送金)に応じてくれなければ、デジタル決済は成立しない。近年よく使う言葉に「紐付く」というのがあるが、デジタルマネーといっても、そのほとんどは銀行口座に紐付いているのが実情なのである。
送金手数料が高いままでは、少額決済が得意の電子マネーなどは魅力が半減する。スマホ決済などデジタルマネーの使用頻度が高い小規模店では決済負担が嵩む。デジタル決済で客が増えても経費がかかるなら、店主は導入を見送る。こうして銀行の送金手数料は国のデジタル戦略を阻害している、との主張を、公取委は報告書に盛り込む腹だろう。
「市場原理で決まるなら頭取は要らない」
昔こんなことがあった。1994年だったか、優良企業向けの1年未満融資における最優遇金利「短期プライムレート」(短プラ)に関し、公取委の課長は上位都市銀行6行がほぼ同一金利であることを問題視。価格カルテル(談合)の疑いを持ち、銀行界の総本山である全国銀行協会をヒアリングした。「短プラが各行ともおおむね同一金利になっているようだが、なぜ似たような金利になっているのか」という公取委の質問に対して、某都銀の頭取でもある当時の全国銀行協会会長は「市場原理によって金利は決まるものである」と回答した。すると、その課長は「市場原理で金利が決まるなら、頭取は要らないですね」と憤慨した。
<東京・大手町の金融街(2004年6月撮影)>
当時は不勉強で気づかなかったが、都銀上位行がなぜ短プラを同じにしたかというと、各自の大企業融資を守りたかったからで、メーンバンク制度の崩壊を阻止する狙いだったのである。同じ金利にしておけば、ほかの都銀に鞍替えする意味がない。都銀の米櫃である大企業取引を旧財閥系の6行で棲み分けていたのだ。まさに「財閥復活」の典型的な出来事である。
公取委のトップである公正取引委員会委員長は歴代、大蔵省(現財務省)の事務次官級が就任してきた。現在も2013年から財務事務次官OBの杉本和行氏が務めている。金融界を睥睨してきた大蔵省OBがトップの公取委に対し、都銀を頂点とする金融界はこれまで舐めてきたフシがある。しかし、昨年から金融インフラの調査を本格化させている公取委の鼻息は荒い。
金融界はコロナウィルスによる経済停滞以前から口座維持手数料など顧客への経費転嫁について言及し、利用者負担の地ならしを図っている。全銀ネットワークシステムは50年の間、送金数の規模が格段に増したうえ、ITの進歩でシステム負担などは依然と比較すれば低減しているのは間違いない。送金手数料が半世紀据え置きというのは通用しない。
金融界は旗色が悪くなれば、口座維持手数料の新設と送金手数料の引き下げをバーターにするだろう。公取委がリリースする報告書が待たれる。
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平木恭一(ひらき・きょういち)
明治大学文学部卒。経済ジャーナリスト。元金融業界紙編集長、金融業界の取材歴30年。週刊誌や経済専門誌に執筆多数。主な著書に『図解入門業界研究 金融業界の動向とカラクリがよ〜くわかる本』(秀和システム社)、『図解入門業界研究 小売業界の動向とカラクリがよ〜くわかる本』(同)など。