新型コロナウイルスの問題が、日本でも顕在化し始めた今年2月、1本の動画が注目を集めた。そのなかで、医師の岩田健太郎・神戸大学教授は、クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」のゾーニング(感染者と非感染者の隔離)など感染対策の問題点を指摘。


 動画はメディアやSNSを通じてまたたく間に国内外に拡散され、岩田教授は一躍“時の人”となった。


 それからわずか2ヵ月で出版された『新型コロナウイルスの真実』は、いまだ世界的に終息が見えない感染拡大との向き合ううえで、「指針」となる一冊である。


 本稿執筆時点(4月下旬)で、メディアからは毎日、大量の新型コロナ関連の情報が流れてくるが、防御法や治療法といった点で“決め手”となるニュースはない。その意味では本書も答えを出しているわけではない。しかし、未知なる部分が多い感染対策に対処する際の消毒や手洗い、マスクの効果といった基本が、根拠を示したうえで書かれている。


 注目したのは、毎日報道されるPCR検査の実態だ。ニュースが配信されるたび、やれ「検査数が少ない」だの「〇日連続で100人を超えた」だの、といった議論が巻き起こる。


 最近は一般にも知られてきたが、実のところPCR検査は病気の人を陽性と判定する〈感度が6~7割程度しかない〉。加えて〈偽陰性、つまり体内にウイルスがいるんだけど検査で捕まらないことがしばしば起きます〉という。つまり、〈PCRで陰性でもウイルスがいないという証明にはならない〉のだ。


 著者は新型コロナウイルスの感染のように、診断の拠りどころがない病気に対しては、〈正しく診断することを放棄して、正しく判断〉する戦略をとるべきとする。その判断の根拠は「症状」だ。


 例えば、PCRで陰性だったとしても、「新型コロナウイルスの感染が疑われる症状が見られれば病院で隔離して安全対策をとった上で治療する患者」、正しい診断名はつけられなくても「症状から家で寝ていてもよい患者」という“判断”をするのである。


■「ダイヤモンド・プリンセス」の本当


 読みどころはやはり、第三章の「ダイヤモンド・プリンセスで起こっていたこと」である。どんな“専門家”が中に入っていたのか、ゾーニングの実態、その後の反響など、注目を集めた動画の背景が詳細かつ生々しく描かれている。日本の感染症対策・危機管理体制を考えるうえでも、さまざまな課題や視座を提供する。


 まだまだ終息の兆しが見えない、新型コロナウイルスによる感染症だが、緊急事態宣言以降、すでにいくつもの日本社会の課題が浮き彫りになり、変化も見られるようになった(というより、変化せざるを得なくなった)。


 医療でいえば、医師が「PCR検査が必要」と判断したにもかかわらず、検査を断られるなど、体制の不備が明らかになった。一方で、一部の診療科では、新型コロナウイルスへの感染を恐れた患者が激減したり、かかりつけの医師から処方箋をファックスし薬をもらうことを可能になったりして、「そもそも通院すべき患者はそんなにいないのでは?」という声も上がっている。


 個人の仕事に目を転じれば、通勤での感染を防ぐ目的で、大企業を中心に「時差出勤」や「テレワーク」が行われ、通勤電車の込み具合が大きく改善された。突然の“働き方改革”で、さまざまな不都合が生じたものの、業務プロセスを改善(簡略化)しながら、各社適応している。定時出社やテレワークに対する考え方を改めた企業幹部も続出しているとか。実際のところ“不要不急の社員”や無駄な仕事も明らかになりつつある。


 第四章「新型コロナウイルスで日本社会は変わるか」を、身近なケースと照らし合わせることで、普段の無理・無駄、日本の特殊性がいっそう際立ってくる。平時に戻ったとき、仕事や生活の仕組みがさらに変化していくのかもしれない。


 出版までの驚くべきスピードを考えれば、“突貫工事”でつくったことは間違いないが、新聞・テレビ・ネットで溢れ返る「新型コロナ関連情報」(インチキなものも多い)を読み解くうえで有用な一冊である。著者も本書で指摘している、日本の医療や社会の問題点もあらためて考える刺激になった。(鎌)


<書籍データ>

新型コロナウイルスの真実

岩田健太郎著(ベスト新書900円+税)