新型コロナウイルス感染症の拡大によって、医療現場では先の見通せない状況が続いている。東京医科歯科大学医学部附属病院は2月半ばに「新型コロナウイルス感染症対策会議」を設置し、病院として感染者をどのように対処するかを協議してきた。4月2日には初めて感染者を受け入れ、できる限り感染者を診療できる体制を整えている。


 しかし、そのためには、通常の診療を縮小したり、院内感染の予防策を講じたり、病院経営をも犠牲にしている。現在、月12億円の赤字を見込んでおり、このままでは年間100億円超のマイナスになる。新型コロナウイルス感染症対策会議の小池竜司議長に聞いた。


小池副病院長


――対策会議の方針を教えてください。


 病院として新型コロナウイルスに対する何らかの取り組みをするために、対策会議を立ち上げた。2月半ばの頃だ。そのときに話し合っていた方針は、「大学病院としての機能をいかに残すか」だった。我われのような大学病院の役割は、高度先進的な医療を提供すること。この機能を残さないと、日々の医療ニーズには応えられない。そのなかで、感染者がどうしても院内に紛れ込むことは避けられないから、どのように対処したらいいかを協議していた。


 しかし3月になって、流行が「パンデミック」になり、欧米での医療破綻の話が耳に入るようになってきた。ニュースだけでなく、派遣や留学している人、本学と接点のある人がその窮状を伝えてくれた。日本でも感染者が増加するにつれ、行政からも大学病院での対応を求める声があった。それでも、急性心筋梗塞や脳血管疾患、がんといった命に関わる病気は、我われが対応しなければならない。(通常診療の)機能を残すという主張をずっと持ち続けてきた。


――それでも、感染者を受け入れるようになったのは。


 3月下旬になって、そうも言っていられないだろうとなってきた。通常の診療を続けながら、さらに感染者も診るのは不可能だ。防護服を着たり、特別な処置をしたり、従来の1人の患者の何倍もの労力と時間が必要になる。単に病床を空ければいいという問題ではない。ちゃんと感染者を受け入れるためには、それなりの体制が必要になる。通常の診療は縮小せざるを得ない。この決定が一番のターニングポイントだった。そして、基本的に患者を受け入れるという方針を固めた。


――通常の診療を縮小することに対し、職員から懸念の声はありましたか。


 大っぴらに、方針転換そのものに、すべきではないという声を上げる人はいなかった。いまは先延ばしにできる手術はそうしたり、ほかの病院にお願いしたりしている。もちろん、患者の弊害にならないように、ということは医療人として一番考えている。一方で、この決定に、職員みんなが納得がいっているわけではないと思う。それでも、我われの職員は、世界の状況を知らないわけではないし、世の中からの必要性も感じている。やむを得ないということで、協力してもらっている。


防護服を着る職員たち


ドロップアウトする職員も

 

――感染者の診療には、どのように対応していますか。


 大学病院だから、重症患者への対応が求められる。人工呼吸器や体外式膜型人工肺(ECMO)といった、高度医療を提供し続けることは変わらない。救命救急と集中治療の診療科が中心になるが、それだけでは足りないから、心臓外科などの外科系の医師にも協力してもらっている。患者のなかには入院だけでよくなる人もいる。そういった中等症以下の患者は呼吸器内科の医師に、内科系の医師から成る混成部隊が診ている。看護師でも、2つの病棟を閉鎖してマンパワーを維持している。


――マスクや防護服などの物資は足りていますか。


 現状、今日明日足りないということはない。行政からの支給や、さまざまな方からの寄附もある。大学病院だから、そのあたりは恵まれていると感じている。だからといって、決して安心できるような状況ではない。マスクや防護服は使い捨てだから、1日に相当使う。1週間後にまた、同じように仕入れられるかどうかはわからない。「一体、いつまで続くのだろうか」と、在庫や材料担当の職員は不安を抱えながら働いている。


――院内感染に対する取り組みはいかがですか。


 病院に来るあらゆる患者を、感染者と疑わないといけない。骨折や脳卒中で搬送されてきた患者が後々になって感染者とわかり、そこから防護服を着ていてはもう遅い。どんな疾患でも、初めから「感染者疑い」として、PCR検査をやって、結果が出るまで別々の部屋で入院してもらう。もし同じ部屋に入れて、1人でも感染者だとわかれば、そこからクラスターが発生してしまう。院内感染を起こしている病院は、感染者のケアで失敗したわけではなく、感染者のつもりでなかった人が始まりになっている。だから、すべての患者で感染しているかどうかのチェックをしないと、院内感染は防げない。


――職員への負担はどうですか。


 対応している職員はもうヘトヘトだ。現場の疲弊感もあって、4月初旬にはメンタルヘルスのサポートチームを立ち上げた。海外でも職員を支えるメンタルヘルスの必要性が言われていたし、院内の精神科医らからの提案もあった。かなり積極的に多くの職員の面談をしてもらっている。とはいえ、この現状が長期化するにつれ、ドロップアウト、要するにチームから外れなければならない人も出てきてしまっている。


感染疑い者を診察する病院前の特設テント

 

PCR検査は「自腹でもやらないと」


――新型コロナウイルス感染症の入院の診療報酬が倍になりましたが、病院経営に不安はありませんか。


 悲観的だ。まず外科手術をやらなくなったことで、収入減がどっとなくなった。それに、中等症以下で検査が陰性になるのを待っているような患者では、診療報酬が倍になったところであまり変わらない。このような状況でも、今までと同じくらいのマンパワーを使っている。


 加えて、職員や感染者との接触者に感染していないかどうかを調べるPCR検査は、病院の持ち出しだ。職員からすれば、自分の安全を確保してもらえなかったらモチベーションが下がってしまう。だから、自腹でもやらないといけない。上層部のほうでも、「病院経営は仕方がない」と判断しているが、今後、落ち込みをどう回収できるかは、まだわからない。


――病院経営の観点も含め、国や東京都に求めることはありませんか。


 本来あったはずの外科手術の収入をどうするかというのは難しい。飲食店の補償のようにするのか、どのような手があるのか、私自身はそこまで知らない。ただ、国立大学附属病院長会議といった団体が訴えかけるということはあり得ると思う。


 あとは、普段から医療機関に余力を持たせておかないと、こういった非常事態に対応できない。我われはこれまでの診療を半分以下に縮小するしかなかった。診療報酬や安全対策でどんどん規制をつけられ、採算を要求され、ギリギリの人数で業務を回しているのがいまの病院経営。普段から余力を持たせておくという考え方が必要なのではないだろうか。