このところ、書店の一等地(平台など)に「感染症」関連の書籍が並ぶようになった。もちろん、新型コロナウイルス感染症が猛威をふるっているせいだ。タイプ分けすると、①緊急出版した書き下ろしの新刊、②もともと予定されていた感染症の新刊にコロナ関連情報を加えたもの、③既存の出版物を増補・改定したもの、④感染症の名著の増刷といったところだろうか。


 新型コロナウイルスの正体がハッキリしない状況は続いている。パンデミックでは、感染対策や検査・隔離・治療体制といった医療のテーマ以外に、人々の行動の変化、社会の変容、経済政策……と、社会や経済の問題も論点になってくる。


 そこで、従来の感染症や過去のパンデミックから学ぼうと、関連書籍を手当たり次第に買ってみた。今回紹介するのは、『感染症大全』。おそらく冒頭のタイプ②と思われる1冊だ。著者はただでさえ数の少ない病理医のなかで、感染症の診断を得意とする珍しい存在である。


 今回のコロナ禍で、日本は海外に比べて、新型コロナウイルスの感染者数、死者数が今のところ極端に少ない。本稿執筆の5月中旬時点では世界で感染者数が420万人を超え、死者は30万人に迫ろうとしている。一方、日本では、感染者数が約1万6000人で死者700人規模と、感染の蔓延を抑え込むことができている(検査数が少なく、発見されていないだけとの評価もあるが……)。


 その要因として、欧米ではウイルスが変異した、欧米人は遺伝的に感染しやすい、日本では手洗い・入浴の習慣があるなど、さまざまな推測がなされている。著者は〈マスクをする習慣づけができていること、政府の思いきった戦略(学校の閉鎖とイベントの中止の要請)〉の2つを挙げる。


 本書で気になったのは、過去のパンデミックに乗じた製薬会社の動きだ。2010年の欧州評議会保険委員長の指摘によれば、2009年の新型インフルエンザ騒ぎでは〈国際的な製薬企業が、ワクチンを売るためにパニック・キャンペーンを画策し、「偽りのパンデミック」を宣言するようWHOに圧力をかけたと訴えた〉という。


 今回、WHOによるパンデミック宣言の遅れが指摘されているが、過去の経緯が影響していた可能性もある。


■3日間で承認の「レムデシビル」


 1976年に米国で発生した豚インフルエンザでは、拙速に予防接種を承認・実施したことで、予防接種を受けたことで、わずか2ヵ月の間に、5000人がギラン・バレー症候群を発症し30人以上が死亡したという。予防接種は中止に追い込まれた。


 コロナ禍の日本でも今回、抗ウイルス薬「レムデシビル」が特例承認された。重症患者が対象となるものの、承認申請からわずか3日という異例の扱い。日米ともに限定的な使用を想定している模様だが、使用のルールがどうつくられ、実際に使用し、結果はどうだったのか、承認の経緯も含めて、気になる部分である。


 さて、本書は普段の生活にも生かせそうな感染症情報が満載だ。なかでも最も熱心に読んだのが第4章の「寄生虫症の恐怖の巻」。約380ページの本書のうち、130ページ以上があてられている入魂の章である。


 熱帯性マラリア原虫、生魚に潜むアニサキス幼虫、子どもの頃に肛門にフィルムを張り付けて検査した蟯虫(ぎょうちゅう・保有率が低下して、現在、一斉検査はしていないようだ)などメジャーなものから、イヌフィラリア、一部の韓国産キムチに含まれることがあるサナダムシの一種等々、「病気の原因となる寄生虫がこんなにあるのか!」と驚くと同時に、これまで、国内外で悪食のかぎりを尽くしてきた自分を反省した。


 寄生虫は悪さをするばかりではないようで、人間がその性質をうまく利用するケースもある。例えば、〈1900~1920年ごろ、ヨーロッパではサナダムシのカプセルが販売されていた。幼虫を飲み込み、体重が望むところまで減ったら、寄生虫を薬で退治した〉という。本書によれば、ソプラノ歌手の故マリア・カラスや、寄生虫学を専門とする藤田紘一郎・東京医科歯科大学名誉教授らが、この方法でダイエットに成功したようだ。奥が深い寄生虫の世界である。


 炎上したお笑い芸人ではないが、「コロナが明けたら風俗」という人が読むべきは、第5章「驚きの性感染症の巻」。感染症の世界で、性感染症は主戦場のひとつのようで、別に読んだ本でも1章があてられていた。淋病の原因となる淋菌、クラミジア、梅毒、エイズ、B型肝炎……予防するのが難しかったり、見過ごされ立ちだったりと、難敵だらけである。


 さて、コロナ禍に戻ろう。今後どのような経過をたどるのか。(終息したとは思えない国も含め)国によっては、経済活動を再開する動きが起こっている。一方、規制を緩めたところ、再度、集団感染が発生しているケースもある。


 参考になりそうなのが、進化生物学者のポール・W・イーワルドが提唱した感染症に関する〈うつりにくい条件では感染症は軽症化する〉という仮説だ。


 日本では、東京・大阪など7都道府県を残し緊急事態宣言を解除した。予防ワクチン、効果が確認された治療薬ができるのはだいぶ先。浮かれることなく、当面「うつりにくい条件」を続けることが再び緊急事態を招かない、最良の方法になりそうだ。(鎌)


<書籍データ>

感染症大全

堤寛著(飛鳥新社1636円+税)