コロナ流行の第1波にようやく沈静化の兆しが見られたと思ったら、今週は突如として「検察庁法改正」という新トピックが出現した。きっかけは日曜から月曜の朝にかけ、燎原の火のごとく広がった“ツイッターデモ”。機械的な複数投稿による“水増し”もあったということだが、「♯検察庁法改正に抗議します」という書き込みがほぼひと晩で数百万件にものぼった現象は前代未聞だった。
読売新聞によれば、ある社会学研究者は、11日午前3時までの473万ツイートは、計59万のアカウントから発せられたとし、13日までの564万ツイートをサンプル調査したSNS会社は、計76万のアカウントによる書き込みだと分析したという。自民党内には「1人で100万人の声をでっち上げられる世界」と黙殺する向きもあるようだが、記事が正しければ、複数投稿は平均して「1人10件ほど」、70万人程度の抗議者の存在は確認できるらしい。
その後、日弁連会長ほか各地の弁護士会、検察幹部OBの有志らも次々抗議声明を出し、法案の正当性という点では、政権側が極めて分が悪い状況に追い込まれている。全検事を一律定年延長するほかに、一部幹部にだけ「内閣の判断によるさらなる『特例の延長』を認める」とするこの法案、政府側は「複雑高度化する課題への対応」と極めて抽象的な“理由”を言うだけで、具体的な目的は一切示せずにいる。批判派の言い分「検察への政治的介入」を一部右派論者は「陰謀論」と断じるが、「ではどうして特例条項を?」という問いに、辻褄の合った「必要論」は未だ出てこない。
歴代内閣が制度上は保持している任命権の行使を抑制し、その自立性・中立性に配慮して深入りしなかった内閣法制局あるいはNHK経営委員会の人事にも、安倍政権は“掟破りの露骨な介入”を重ねてきた。内閣人事局制度で霞が関全体に“忖度文化”を蔓延させたのも、万人が知るところだ。そういった経緯を考えれば、検察庁法改正も同じ方向性に思えるが、今回に限って沸き起こった反発は、コロナ禍による自粛ストレスの影響もあっただろう。
ただ、批判を受ければ受けるほど、頑なに、意固地になるのが安倍首相だ。来週には、数の力で法案を通すに違いない。それでも今回は“その後”に少しだけ興味が湧く。いつも通り人々はすぐ“強行”を忘れるか、それともコロナショックを機に、違ったリアクションを見せるのか。「時代の転換期」へのかすかな希望である。
今週の週刊文春は、森友事件公文書偽造問題で自死に追い込まれた赤木俊夫さんにまつわる続報の第8弾、『黒川検事長「定年延長」の裏に森友事件潰し』という記事を載せている。元NHK記者で現在は大阪日日新聞記者、相澤冬樹氏の記事である。正直、相澤氏のこの件の報道では、遺書の存在をすっぱ抜いた第1報こそ“インパクト大”だったが、安倍首相や麻生財務相らが無視を決め込んだあと、続報はすぐ立ち消えになるものと思っていた。
ところが、いざ毎週のように記事を見てゆくと、そこには「衝撃的新事実」こそないものの、相澤記者と雅子夫人の関わりを基軸として、生身の人間の視点から国家像を浮き彫りにするノンフィクション的味わいを感じるようになる。今週は、相澤氏がツイッターで書いた赤木さん関連の書き込みに歌手・小泉今日子さんが「いいね」を押してくれていた、そのことに雅子夫人が気づき、勇気づけられる場面が描かれている。
そう、小泉さんと言えば、今回の検察庁法のツイッターデモにも芸能人のひとりとして参加して、ネットでは「何も知らない芸能人のくせに」「馬鹿は黙ってろ」と政権擁護派から“上から目線”で叩かれる渦中の人である。当人はその後も毅然として、ぽつりぽつりとだがツイートを続けている。
多くのネット民は知らないかもしれないが、小泉さんは読売新聞で過去10年間、書評委員を務めたこともある読書家で、「芸能人本」の枠を超える著書もいくつか書いている。正直、大半のネット右翼や漢字も読めない政治家より、格段に知的な人なのだが、“知性の物差し”を持たない人々は「無知な芸能人」と決めつけてしまっている。この8年、安倍首相の“強行突破”が毎回通用する背景には、このような「岩盤支持層」の果てしない寛大さがある。
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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)など。最新刊に沖縄県民の潜在意識を探った『国権と島と涙』(朝日新聞出版)がある。