世界で猛威を振るっている新型コロナウイルスだが、最後まで緊急事態宣言が続いていた、北海道、埼玉、千葉、東京、神奈川の5都道県も、5月25日に全面解除された。


 日本では、感染者数や死者数が欧米に比べて少なめに推移したことで、懸念されていた医療崩壊を免れた。当面は“平時”とは言えないものの、超自粛ムードはやわらぐはずである。

 

 新型コロナウイルスの全容の調査、欧米に比べて日本や東アジアの国々の感染率、致死率が低かった理由の解明、予防ワクチンや治療薬の開発など、医療面での課題は多い。一方、ポストコロナをにらんだ政治・経済・社会の動きはこれから活発化する。


 今後を占ううえで、過去の記録は貴重な参考資料になる。『感染症対人類の世界史』は、天然痘や麻疹、ペストといった古い感染症から、SARS、MERS、エボラ出血熱などの近年の感染症まで、原因や発生当時の状況、感染爆発後の変化について記した一冊である。


 著者のひとりである池上彰氏が指摘するとおり、〈人の移動と感染症と宗教、これは深く結びついて〉いる。今回、あっという間に世界で感染が広がったのも、グローバリゼーションの進展の結果だ。


 驚いたのが、日本でも38万8000人が亡くなったスペイン風邪の流行の際には、警視庁が〈「人が集まる場所に行かない」「外出するときはマスクをする」〉といった、今回の新型コロナウイルス感染症と同じような注意喚起をしていたことだ。当時もマスクが売り場から消えたとか。


〈病気が流行ると、仲が悪い人や集団、果ては他国のせいにする〉という現象もすでに起こっている。2015年にWHO(世界保健機関)は、特定の国や民族などの印象を悪くする可能性があるため、病名に地名を使わないルールを打ち出している(ちなみに、世界で数千万人が死亡したとされる「スペイン風邪」は、米国発症とされている。とんだ濡れ衣である)。


 しかし、トランプ米国大統領が、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を「チャイナウイルス」と呼んで中国を刺激している(中国発である可能性は高いが、ルール違反だ)。当初は東アジアで感染が拡大したことから、中国人だけでなく、日本人、韓国人などのアジア系の人々が欧米で非難の的になったり、暴力を振るわれたりした事件も頻発した。


■変わるコロナ後の社会システム


 多数の死者を出すような感染症の後には、社会制度が変わることがある。経済の部分では、〈徳政令が発せられたり、税金のシステムが変更されたりなど、何らかの経済政策がなされる〉ことも多い。インフレや賃金上昇が起こることもある。


 日本に関して言えば、社会制度を揺るがすほど多数の死者は出ていない。


 しかし、1人当たり10万円の給付や、事業者向けの給付などの経済対策が行われ、政府や地方自治体の負債は大きく膨らむはずだ。また、多くの企業で、売り上げの減少に伴って、企業の収支の悪化や、借り入れの増加に伴う財政状態の悪化が起こっている。すでに多数の廃業や倒産も発生した。税制や雇用への影響はありそうだ。


 COVID-19が発生する前から「働き方改革」が叫ばれていたが、かなりの数の企業は、期せずしてテレワーク、リモートワークの実施に追い込まれた。実際に経験したことで、課題が明らかになった一方で、「何とかなることがわかった」企業も多かったはずだ。ワークスタイルの変革や拠点の統廃合が加速する可能性は高い。


 鎮静化しつつある東アジアに続き、欧米では、新型コロナウイルスの感染拡大がピークを越えたとの報道もある。しかし、ペストのように、過去、何度も流行を繰り返した感染症もある。第1波で被害が小さかった地域が、第2波、第3波で甚大な被害を被った。現時点では決して楽観視できない。


 感染の規模や死亡率は異なるものの、近年もエイズ、SARSやエボラ出血熱、新型インフルエンザ……と新興感染症は頻繁に発生している。本書では、温暖化に伴って永久凍土が溶け、過去の危険なウイルスや細菌が出てくる可能性も指摘されている(実際、元々のスペイン風邪のウイルスは、アラスカの永久凍土に埋葬されていた遺体とともに眠っていた)。


 人類はこれからも感染症と戦っていくことになるのは間違いない。本書は、歴史や経験から未知なる感染症とどう向き合うかを考えるのに、格好のテキストである。(鎌)


<書籍データ>

感染症対人類の世界史

池上彰、増田ユリヤ著(ポプラ新書860円+税)