5月の連休明けに『週刊文春』が報じた東京高検の黒川弘務検事長(後に辞職)が新聞記者と賭け麻雀をしていたという報道は、まさにスクープ中のスクープだ。黒川検事長と言えば、安倍内閣が検事総長に就任させようと閣議決定で無理やり定年を延長させた人物であり、その閣議決定を正当化するため、検察幹部の定年延長案に、政府の裁量で3年間定年を延長できるという項目を加えた検察庁法の改正を進めていた最中である。それも新型コロナ騒ぎのドサクサに紛れて法案を通してしまおうという魂胆が丸見えだった。相手は検察ナンバー2の認証官の東京高検検事長である。特集で取り上げる相手として不足はない。


 しかも、黒川氏の賭け麻雀は、政府が緊急事態宣言を出し、国民全員が外出を自粛、かつ「3密」を避けることを実行している最中に、2度に亘って破る行為だから、国民が等しく怒るのも当然だ。さらに言えば、こんな真偽不明な噂もある。いま、河合案里参議院議員の選挙違反事件の捜査が進んでいるが、選挙のとき、河合氏側に自民党から1億5000万円の選挙費用が提供されたことが判明している。


 案里氏の夫君の克行衆議院議員と2人分だとも言われているが、落選した同じ自民党公認の溝手顕正氏へは10分の1に過ぎなかった。そのため世間を驚かせたが、噂ではこの1億5000万円のうちの相当分が官邸に還流している、選挙違反事件の捜査で1億5000万円の流れを明らかにされないようにするため、政府に近い黒川氏の定年延長、検事総長に昇進させようとした、というのである。


 噂はともかく、次には黒川氏を不適切行為として「訓告処分」にしたことが問題になっている。当然のことだ。賭け率は1000点100円だというが、負けた者にラーメン代を持たせる程度ならともかく、ごく平均的な賭け率だといっても不正を取り締まり、人を起訴する立場の検事である。現金を賭ける博打はご法度でなければならない。現職の検察が賭博行為を捜査、起訴するかどうかに検察の信頼がかかっている。


 さて、黒川氏は賭け麻雀の常習犯だというのだから呆れる。しかもお相手は検察を担当する現職の産経新聞の記者2名と元司法記者だった朝日新聞社員というのが面白い。頭のいい黒川氏はちゃんと問題にならないように、かつ、遊ぶのに楽しい人物を選んでいる。


 あるテレビのバラエティ番組では、キャスターは「新聞記者は癒着している」と言い、コメンテーターのNHKのベテラン記者と元通信社出身のジャーナリストに「検事長から麻雀に誘われたら行きますか」と尋ねていた。NHKの記者は「癒着になるから行きませんね」と答え、通信社出身のジャーナリストも「まぁ、行かないでしょうね」と言っていた。


 失礼だが、NHKの記者は誘われても麻雀に行かないだろう。スクープよりもバレたときのことを考えて保身を図るはずだ。新聞記者はどうだろう。政治記者だったら誘われるまま麻雀を楽しむだろう。社会部記者だったら行く人と、断る人に分かれるだろう。


 では週刊誌の記者だったらどうか。文句なく、好機と捉えて喜んで誘いに乗る。麻雀だろうが、立ち話だろうが、週刊誌記者にとってはすべてが取材である。知らぬふりをして検察の動きを探ることができるし、何もなければ検事の賭け麻雀を侵入記事として報じることもできるからだ。


 それはともかく、黒川氏の麻雀仲間はなぜ産経新聞の記者と朝日新聞の社員なのか。日本の検察は週刊誌の記者を相手にしない。検察庁を担当する司法記者クラブに加盟していない記者の取材には一切、応じない仕組みにしている。たとえ、取材を申し込んでも「記者クラブに入っていない記者には取材に応じません」と平気で言う組織である。


 週刊誌記者だった私にはこんな2つの経験がある。ひとつは駆け出しの記者時代のこと。ある捜査中の事件を追っていたとき、検察が記者発表していたので、何か聞き出せるかと思って検察庁に飛び込み、取材を申し込んだところ、にべもなく拒否された。「クソっ」と思いながらトイレに行ったら、そこに検事らしき人物が来てツレションになった。検事らしき人物は若い私を不審に思ったのか、どこの社の記者なのか効いてきたので、雑誌の記者で取材を拒否されたと答えると、気の毒に思ったのだろう。「検察は記者クラブの記者にしか取材に応じないんだよ」と教えてくれた。


 それから20数年後、週刊誌のデスク時代、ある事件の被疑者が取り調べる検事に「事件とは無縁だ」と訴えたところ、検事は納得してくれたうえ、「上司にこのままでは冤罪になると説明したにもかかわらず、納得してくれない」とこぼしたというのである。


 被疑者はそのときの取り調べをこっそり録音していて、その録音を聴くと、実際、担当検事は被疑者に同情し、泣きそうな声で被疑者に話している。テープに偽造した形跡はないし、被疑者の周辺を取材すると、被疑者の話と一致する。そこで、検察庁幹部に取材を申し込むと、検事正だったと思うが、東京地検のトップから「取材を受けます。月曜日の11時に来てください」という電話が編集長宛に来た。


 月曜日は特集の締切日である。月曜日の10時過ぎ、検察庁に行こうとしているとき、突然、広報を担当する次席検事から編集長に「取材を拒否する」と言ってきたのである。むろん、編集長は怒って「検事正が取材を受けると約束したものを、次席検事が取り消すとはどういうことか」と怒ったが、次席検事は「取材に応じない」の一点張りである。


 その後、発行日の朝、検察庁は「週刊誌の記事は事実ではない」と記者発表した。新聞社から問い合わせがくると、編集長は「トップの検事正が説明したいと取材に応じる意志を伝えながら、直前になって取材を拒否した。その次席検事に記事を批判する権利があるのか」と反論した。その後、事件を取り調べていた担当検事は当該事件から外され、異動させられた。検察庁を批判すべきか、擁護すべきかは市民が判断すべきだが、検察庁とはこういうところである。


 話を戻して、黒川氏の麻雀相手の新聞記者を見ると、新聞社と記者の立ち位置に妙に納得する。まず、報道されている通り、黒川氏は検事畑より法務省に長くいたことがよくわかる。検事生活が長かったら、新聞記者との麻雀は絶対に避けるだろう。麻雀中に気を許して事件について喋りかねないから記者との付き合いは敬遠する。麻雀をするなら私的な友達に限るだろう。


 だが、法務省では他の省庁と同様、新聞記者とはツーカーの関係になる。悪く言えば癒着だが、記者とは懇意になるのだ。黒川氏は法務省時代が長かったことから麻雀相手に記者が登場したと言える。おそらく、省庁内の仲間や外部の人と麻雀をやると、検事長の立場に遠慮したり、忖度したりして“営業麻雀”になるから面白くない。検事長であってもさほど遠慮せず、平気でものを言う記者との麻雀のほうが楽しいだろう。


 記者の選び方にもなるほどと思う。まず、産経新聞が2人の現役記者である。周知のように昨今の産経新聞は体制にぴったり、というより自民党、とくに安倍内閣支持が鮮明である。当然、検察庁批判などしそうもない。黒川氏にとっては最も安心して付き合える麻雀仲間、いや記者なのだろう。


 では、毎日新聞の記者だったらどうなのか。毎日の記者はジャーナリスト精神に溢れた記者が比較的多い。だが、毎日新聞の問題は、記者が書いた記事を取捨選択する整理部を中心にした上部がだらしないことだ。かつての外務省機密情報漏洩事件を見ればよくわかる。


 西山太吉記者は外務省のオールドミスだった女性と肉体関係になり機密情報を入手した。この手法は卑劣で批判されるべきだが、それはともかく、当時、噂になっていたアメリカ側にカネを払うという密約の確たる証拠を入手したのだ。ところが、上司の報道部長や整理部が西山記者の原稿の重要性に気付かず、ベタ記事で済ましてしまった。報道してくれない自社にあきれたのか、西山記者はなんと野党の社会党(当時)に情報を提供。その結果、大騒ぎになった。記者は問題意識を持ち、優秀なのだが、上層部に記事の重要性を判断する判断力が欠けていた。


 実際、かつて月刊『文芸春秋』に田中角栄首相(当時)の金権問題が掲載され、大きな問題になった。このとき、田中首相の地元、新潟に取材に行くと、地元では毎日新聞が詳しいよ、と教えられた。早速、毎日新聞支局に行くと、「本社に原稿を送ったのに、たった10数行のベタ記事にされてしまった。週刊誌だろうが、業界紙だろうが、書いてくれるのなら知っていることを話しますよ」と協力してくれた。各新聞社の中で最もジャーナリスト精神を持つ記者が多い新聞社だ。黒川氏はこういう新聞記者は敬遠するだろう。


 読売新聞はどうか。最近の読売新聞は産経新聞に並び、安倍首相一辺倒の気さえする。だが、これは政治部記者の話だ。同じ読売でも司法を担当する社会部は違う。その昔、何事にも懼れず、事件の渦中に飛び込んでゆくことで有名な「黒田(社会部長)軍団」といわれた大阪読売のような記者魂は少なくなったが、それでも読売の社会部記者には体制べったりの体質はない。やはり黒川氏はこういう社会部記者がいる読売新聞は何を書くかわからないから、やはり敬遠するだろう。


 さて、実際に麻雀仲間に加わっていた、もうひとりは朝日新聞の元記者である。テレビではキャスターもコメンテーターも揃って「政府に批判的な朝日と政府寄りの産経がどうして一緒なのか」と不思議がっていた。が、これは滑稽だ。テレビのレベルとはこんなものなのだろう。朝日新聞社が「元記者の社員」と言っているところが決め手なのだ。


 現役の記者だったら「緊急事態宣言中に麻雀をしている」、あるいは週刊誌に負けずに「緊急事態宣言中に麻雀にいそしむ検事長」と現場報告をしてしまうだろう。しかし、当該の朝日新聞社員は元記者だから、ケシカランなどと記事を書く懸念はない。だからこそ、黒川氏は親しい朝日の記者を麻雀仲間に誘ったのだろう。朝日新聞の記者は記者会見でも共同通信の記者とともに鋭い質問をする。優秀な記者が多い。加えて反政府的でもある。だが、記者部門から異動した元記者だから安全だ。そのうえ、朝日新聞には知識レベルの高い人たちが多いからエリート官僚である検事長にとっては朝日の元記者とは話が合う。こんな発想が朝日の元記者と麻雀仲間になったのではないだろうか。


 黒川氏にとって3人とも深く付き合ってもリスクのない人たちで、そういう人たちを麻雀仲間に選んでいたのである。


 もちろん、異論もあるだろうが、これが新聞記者たちとも友人になっていた元週刊誌記者の目である。


 最後に2回の麻雀をしっかり見届け、裏を取ってスクープした『週刊文春』を称賛したい。昨今のスクープは政治家であれ、芸能人であれ、ほとんど週刊誌である。本を読まない世代が急増しているなかで健闘している姿勢は立派である。いっそ、新聞各社は太っ腹になって、週刊文春に新聞協会賞やボーン上田賞を贈ったらいかがだろうか。(常)