5月25日に「緊急事態宣言」が解除され、6月に入って恐る恐る社会経済活動が再開された。ところが、北九州市では5月23日以降、新規感染者が連続し、小中学校の生徒でも感染が相次いでいる。厚生労働省がクラスター対策班を設置したのが2月25日。最初の目的は「感染拡大を遅らせ、その間に医療体制を整える」ことだった。その後、感染の増加と全国的な自粛期間を経た今、「次なる波(再度の感染拡大)」を大きくしないため、効率のよいクラスター対策が求められる。


 一方で、なんとなく感染者は減ったが国民自身が理由を確信できない「日本の成功」について、海外の専門家の一部が注目し始めているようだ。


■まだ終息には遠いが感染状況は大きく改善


 政府の「新型コロナウイルス感染症対策専門家会議」は、緊急事態宣言解除後の5月29日、現状分析と提言を更新した。


おさらいになるが、「ある時点で、1人の感染者が全感染期間に新たに感染させる平均の人数」を「実効再生産数:Rt(アールティー)」といい、対策の実行状況つまり人々の行動変容の度合いによって変動する。日々公表される感染者数と異なり、専門家の報告を待たないとつかみにくい指標だ。


 専門家会議の分析によると、感染時期のピークは4月1日頃、新規感染者数のピークは4月10日頃であったが、5月21~27日の1週間における新規感染者は、全国でピーク時の17分の1(6%)、東京では19分の1(5%)程度に減少した。5月9日時点の「実効再生産数」は、全国で1.4、東京で1.6だった。大型連休後も1を上回っているものの、感染者数が減少した現状では大きく増減するため、今後も注意深くモニタリングする必要があるという。



■個人だけに依存しない「スーパースプレッディング現象」


 感染拡大を左右する要因は「実効再生産数」だけではない。改めて注目が集まっているのが「dispersion parameter (k)」だ。


 この指標に関して英国の経済紙Financial Times(FT)の科学専門記者が、「チフスのメアリー(Typhoid Mary)」を例に挙げ、面白い記事を書いている。メアリー・マローンは、1880年代にアイルランドから米国に移住した女性。料理の腕と人柄の良さを備え複数の富豪宅で働いたが、行く先々で50人が腸チフスに感染、うち3人が亡くなった。


 富豪の一人から原因解明を依頼された衛生士(sanitation engineer)は、メアリーがチフス菌の保菌者ではないかと疑い、便検査・隔離を行ったが「健康保菌者(無症候性キャリア)」の概念がない時代のこと。本人は「健康なのに、そんなはずがない」と大きなフォークを振り回して抵抗したという。


 今取り上げる理由は、日本の専門家会議も指摘しているように、COVID-19の8割は誰にもうつさず、残り2割が感染源になるという知見があるからだ。「dispersion parameter (k)」は「感染者がどの程度均等に他者に感染させるか」を示し、値が高いほど均等。FTの記事によると、1918年のスペイン風邪は0.94、SARSは0.16だった。COVID-19はまだ確定的ではないが、香港大学の研究では0.45とされた。



 米国Science誌のニュースも、国内の聖歌隊53人、シンガポールの外国人労働者800人、大阪のライブハウス80人、韓国のズンバ(ダンス)クラス65人などのクラスターを例示し、「スーパースプレッディング現象」を取り上げた。この記事ではMERSの「dispersion parameter (k)」を0.25としている。


 さらに、「ドイツのコロナ対策の顔」とされるウイルス学者クリスチャン・ドロステンも、COVID-19について毎日配信しているポッドキャストの第44回(5月27日)で、これまで発信されてこなかった日本のクラスター対策についても検討する意向を述べた。


「チフスのメアリー」を念頭に置くと「スーパースプレッダー」という個人の特徴に目が奪われがちだが、「スーパースプレッディング現象」は環境の影響も受ける。「3密」はまさに、この現象を促進する要因だ。


 クラスターは「3密」環境以外でも発生する。今後、院内や施設内感染をどう防いでいくかは、医療提供体制の維持に大きな影響を与えるが、専門家会議の提言はまだ一般論にとどまっている。

 


 加藤厚労相は、衆院予算委員会で、5月10日時点の全国のクラスターは「約250件あるのではないか」と述べた。主な場所は、医療機関85件、福祉施設57件、飲食店23件だが、公表には「都道府県との協議が必要」とした。


厚労省の「全国クラスターマップ」は3月31日時点(第2版)から更新されていない。第1版については、3月15日の公表後にクレームを受け、和歌山県の「医療機関を介した感染」1件を取り下げた経緯がある。


個別の施設名公表に根強い抵抗があるのであれば、匿名でもよい。クラスターの発生状況や分析、対応(改善策)などのデータを海外も含めて広く公開し、議論の材料とすれば、今後のクラスター対策の進化に役立つだろう。


【最新リンク】

◎新型コロナウイルス感染症対策専門家会議 「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言(令和2年5月29日)」[2020年5月31日アクセス]

https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000635389.pdf


◎Anjana Afuja. To beat Covid-19, find today’s superspreading ‘Typhoid Marys’. Financial Times. May 27, 2020.  [2020å¹´5月31日アクセス]

https://www.ft.com/content/121c2f30-9f69-11ea-ba68-3d5500196c30


◎Kai Kupferschmidt. Why do some COVID-19 patients infect many others, whereas most don’t spread the virus at all? Science (News). May 19, 2020. [2020年5月31日アクセス]

https://www.sciencemag.org/news/2020/05/why-do-some-covid-19-patients-infect-many-others-whereas-most-don-t-spread-virus-all


下記より今週の動きが閲覧できます(動画)

https://player.vimeo.com/video/424683686/


[2020年6月1日12時現在の情報に基づき作成]

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記事・動画作成:本島玲子(もとじまれいこ)

「自分の常識は他人の非常識(かもしれない)」を肝に銘じ、ムズカシイ専門分野の内容を整理して伝えることを旨とする。

医学・医療ライター、編集者。薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師。