たくさんの蝶が舞う季節になった。筆者の管理する薬用植物園では、ジャコウアゲハ、アゲハ、キアゲハ、カラスカゲハ、アオスジアゲハ、モンシロチョウなどがひらひらと遊んでいる。


 蝶は、卵から孵化していわゆるアオムシとかイモムシと呼ばれる幼虫期を過ごし、脱皮を繰り返して蛹になって、羽化して蝶になる。蝶になるとあまり選り好みせずにいろんな花の蜜を吸って廻るようだが、幼虫時期の食草はたいていの場合、非常に厳格に好みが決まっている。


 例えば、ジャコウアゲハはほぼウマノスズクサだけを食べる。ウマノスズクサは、アリストロキア酸という腎毒性のある化合物を含んでおり、ウマノスズクサ科植物の有毒部位由来の生薬を含んだ外国製製剤類で、世界的に起こった健康被害事件を講義する際に使うので、園に植えてあるのだが、これにたくさんのジャコウアゲハの幼虫がつく。たくさんの幼虫がもりもり葉を食べると、見本として植えてあるだけの僅かな量のウマノスズクサは、あっという間に丸裸になり、茎だけになる。ここでジャコウアゲハの幼虫がどうするかというと、すぐ隣にウマノスズクサではない軟らかそうな葉がたくさんあってもそれには移っていかず、かたくななまでにと言いたくなるくらい、ウマノスズクサに留まり、硬い茎を食べ始めるのである。


 同様に、アゲハの幼虫はミカン科植物の葉を好む。他方、翅の模様がアゲハにそっくりのキアゲハの好みはミカン科ではなくセリ科である。(アゲハとキアゲハを簡単に見分けようとするなら、前羽の中室と呼ばれる胴体の付け根近くのエリアに黒い筋があればアゲハ、無ければキアゲハである。また、アゲハとキアゲハは、成虫の翅の模様はそっくりだが、最終齢(蛹になる直前)の幼虫の模様はまったく異なっている。)


 このアゲハの仲間の幼虫がついているのを見て、ミカン科植物であることを改めて実感したのが、キハダである。キハダは漢字で書くと黄檗で、文字通りオウバクという名の生薬になる植物である。しかし、幼虫の模様はそっくりであったが調べてみると、どうやらキハダについている幼虫はアゲハではなく、カラスアゲハの幼虫のようである。



 大木になると木の上の方の葉に何が居るかなど、気にも留められないと思うが、当園のキハダは、実習や見学会の度に樹皮の一部を削られて、痛い思いをするためか、ちっとも大きくなる気配が無くて、ちょうど目の高さ辺りに葉がいっぱいついた枝が伸びている。その葉の上にちょこんと、遠目には何かの汚れか鳥の糞かのように見える物体がしばしば載っている。これがアゲハ(多分、カラスアゲハ)の幼虫である。



 キハダの樹皮、つまり生薬の黄檗にする部位は、剥ぐと内側が鮮黄色である。この色は樹皮に含まれるベルベリンという化合物由来の色で、強いにおいはないが舐めると非常に苦い。ベルベリンは抗菌活性が強く、黄檗は整腸作用(主に止瀉作用)や抗炎症作用などを期待して、各種漢方処方や、日本に昔から伝わる生薬製剤類、例えば陀羅尼助や御嶽百草丸などに配合されている。また、黄檗はキハダの樹皮由来なので、冬場の寒さに耐えるために樹皮に一般的に含まれている粘液様物質があり、このために粉末にして水を加えると粘り気のあるペースト状となる。これを利用して、湿布薬に配合されたりもする。



 黄檗という文字を見て、地名あるいは禅宗の黄檗宗を思われた方もあると思う。京都大学の宇治キャンパスの鉄道の最寄り駅は、まさに黄檗駅であるし、その京阪電車とJRの線路を挟んで反対側には黄檗山萬福寺がある。萬福寺と生薬の黄檗が関係があるのかどうかはわからないが、近代医学発達前は単純な食中毒や感染症が原因の下痢でも、ともすれば脱水症状を起こして命を落とす病であったため、抗菌薬で下痢止めとなる黄檗は重宝された生薬で、お寺が地域の薬局のような役割を果たしていた場合も多かったことを考えれば、萬福寺さんでも黄檗を民衆に施薬していたのではないだろうか。



 お寺に関係が深い黄檗入りの薬といえば、先にも挙げた陀羅尼助である。高野山の山頂近くにある有限会社が製造販売しておられる胃腸薬だが、この会社は、もともと、高野山のお寺の中の薬房だったのだそうである。しかし、近代日本の薬事行政が整ってからは、日本では生薬や生薬製剤類も医薬品であるため、医薬品としての規制のもとに取り扱わねばならなくなり、衛生環境を法律に従って整えて製造するために、お寺の中から出て、店を構えることになったのだそうだ。


 キハダはちょうどサンショウの葉を大きくしたような葉がつき、サンショウと同じように雄の木と雌の木があって、5月から6月に咲く花は雄花も雌花も超地味な花だし、雌の木につく果実は、サンショウの果実を大きくしたようなつき方である。植物の解説をしながら園の案内をするときには、大型のサンショウと思っていただければ、と紹介することが多いが、見学会の参加者や学生たちに、削りたての鮮黄色の樹皮を舐めてもらうと、一気に目の覚める味と共に、強く印象に残る薬用植物のようである。



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伊藤美千穂(いとうみちほ)  1969年大阪生まれ。京都大学大学院薬学研究科准教授。専門は生薬学・薬用植物学。18歳で京都大学に入学して以来、1年弱の米国留学期間を除けばずっと京都大学にいるが、研究手法のひとつにフィールドワークをとりいれており、途上国から先進国まで海外経験は豊富。大学での教育・研究の傍ら厚生労働省、内閣府やPMDAの各種委員、日本学術会議連携会員としての活動、WHOやISOの国際会議出席なども多い。