緊急事態宣言は解除されたものの、東京都の新規感染者数が2ケタを続けるなど、まだまだ新型コロナウイルス感染症の問題は尾を引いている。ただ、本の読み手としては、感染症関連で目新しい情報も少なくなってきた。
少し気分を変えようと思って手に取ったのが、『すべての不調は口から始まる』である。数年前にむし歯の治療で行った歯科医に「歯周病が進行していきつつある」と診断されてから、口や歯の分野は気になる分野である。
読み始めて気が付いたが、歯をなくす2大要因と言われている、〈多くの人が抱える「むし歯」と「歯周病」は、口腔の二大感染症〉である。感染症、恐るべし。確かに、〈食べ物や空気、ウイルス、細菌など体内に入るあらゆるものを外界から取り込んでいるのは、口という臓器〉である。感染症のリスクは高くなる。詳細は解明されていないが、新型コロナウイルスも口から感染するケースも多いだろう。
本書は口、歯に関連する病気や、適切な口腔ケア全般をカバーする。本書が口や歯の健康の中核に据えるのが「唾液」である。
なぜなら、〈唾液がヒトの病原菌となる細菌やウイルスを口の中に寄せつけないように、また体内に侵入させないように口の中を「湿潤」にさせている〉からだ。口の中が渇けば、のどが痛み、腫れ、風邪につながる。〈同時に唾液は、抗菌、殺菌の役割をも果たして〉いる。唾液の分泌を促す、舌の体操や唾液腺マッサージといった本書のノウハウも活用しつつ、唾液の質と量には日ごろから注意しておきたい。
糖尿病をはじめ、筋力、聴力、栄養失調など、さまざまな体の不調と高齢者の歯数の関係が注目されてきたが、少し前から歯周病と認知症との関連も指摘されてきた。2019年11月には、九州大学大学院歯学研究院のグループが、歯周病菌を投与したマウスで、アルツハイマー型認知症の老人斑の成分とされる「アミロイドβ」が産生されていることを発見したという。
アルツハイマー型認知症については、まだまだわからないことも多い。だからこそ新薬が登場しないのだが、歯周病からのアプローチが、何かしらの活路を見出してくれるかもしれない。
■酸が引き超す「第3の歯科疾患」とは
本書を読んで、新たに注目したのが「酸蝕症」だ。酸で歯のエナメル質が溶かされ摩耗した症状のことであるが、「第3の歯科疾患」とも呼ばれるほど、〈洋食習慣が根付いた日本では若い世代の患者さんも急増して〉いるという。
体によさそうな雰囲気のクエン酸を含むスポーツドリンクや、乳酸飲料も取りすぎには注意したい。考えてみれば、定番のレモンサワーやレモン果汁が入ったハイボールにも同様の影響がありそうである。
本書では、最近気にする人が増えている「口臭」も扱っている。よく臭いの原因となる食べ物として挙げられる、ニンニク、ネギ、タマネギから、口臭が発生するメカニズムは参考になるとともに、少々驚いた。
硫黄を含む「アリイン」という化合物が臭いの原因物質だが、〈口腔でにおいがとどまっているわけではなく、胃で消化されたあと血液に取り込まれて、肺を経由して口臭となって吐き出される〉のだ。
つまり、いくら歯を磨いても、飲むタイプの息対策グッズを使っても、効果は小さいというわけ。臭いを出したくなければ、「食べない」しか選択肢はなさそうだ。
〈限定的〉ではあるものの、糖尿病や肝臓の病気など、重篤な内臓の病気が口臭として表れることもある。もっとも、〈においはしていないのに、自分のにおいが他人を不快にしているのだと思い込んでいる〉「心理的口臭」のこともあるので、心配のしすぎは心の健康に悪いだろう。
冒頭で触れたように、数年前に歯周病のリスクを指摘された。おかげで、口腔ケアに関する本を読むたびに、口腔ケアグッズが増えてきた。
一番重要な、寝る前の歯磨きともなれば、いまや歯ブラシ3タイプ、歯間ブラシ4種、糸ようじ・フロス3種、合計10種のグッズを駆使する毎日である(うち、どれか7種程度を使用)。通常の歯磨き粉に加えて、洗口剤も使う。
本書で語られている通り、口・歯の健康は全身の健康に直結する。これからは、各種口腔ケアグッズに加えて、舌の運動やら唾液腺マッサージも加わる。夜の歯磨き時間がまた伸びそうだ。(鎌)
<書籍データ>
江上一郎著(集英社新書880円+税)