銀行の手数料が再び槍玉に挙がっている。未来投資会議が6月16日、新型コロナウイルスの感染拡大で需要が高まるキャッシュレス決済の普及に向けて、銀行の手数料の引き下げに踏み込んだ。4月に公正取引委員会が銀行間の送金手数料を問題視。是正するよう報告書で指摘したが、首相の名を借りて本丸に攻めてきた。


 銀行間手数料がキャッシュレス決済の普及を阻む、と言われても、一般の人にはピンと来ないだろう。電子マネー、スマートフォンなどによるキャシュレス決済は、いまや資金決済の担い手に成長している。便利さばかりが目立っているが、実態はクレジットカードを経由して銀行同士が資金を移動させて初めて成立するツールだ。カードや銀行の存在なしに、ほとんどのキャシュレス決済は存在し得ない。その点で、旧態依然の部分を残したままのレガシーシステムでもある。キャッシュレスとは言っても、客の前で現金が姿を現さないだけで、銀行間でお金は行き来しているのだ。



 キャシュレス決済事業者は資金移動してくれる銀行やクレジットカード会社に手数料を支払っている。そのコストが重いために小売りや飲食などの店舗(およびその運営会社)がキャッシュレス決済の導入に二の足を踏んでいる。だから銀行の手数料を下げなければならぬ、というのが政府による論理の立て付けである。


 キャッシュレス決済は、それを導入している店舗と決済システムを運営している企業の背後にそれぞれ銀行が控えており、2行間で最終的な決済が行われている。クレジットカード会社を含めれば、その仕組みはとても複雑で利害関係もややこしい。キャッシュレス決済事業者は単なる仲介業者で店舗にお金を立て替えているにすぎない。その理由はいたって単純で、お金は銀行だけが流通させることができるからである。店のレジでスマホを端末にあてようがチャージしようが、最終的には銀行口座同士がお金のやり取りをしなければ決済の夜は空けない。


 しかし、今回の銀行間手数料の引き下げは、キャッシュレス決済全般に関わってくる。ナントカペイだけの話ではない。キャッシュレス決済の既存勢力であるクレジットカード・信販などのノンバンク業界全体に降りかかる。ノンバンクは資金決済を代行することが生業であり、事業の根幹なのだ。


メガバンクグループが得をする構図

 

 未来投資会議では、わが国唯一の決済システムである「全銀ネットワークシステム」にキャッシュレス決済事業者が直接接続できれば、送金手数料を低減できるとしている。これまで銀行2行が関与していたが、キャッシュレス決済事業者と銀行1行に変えるという。


 全銀システムは運用開始から40年間、一定の手数料を維持してきた。安定した運用を続けており、値下げ圧力は近年高まっている。しかし、世界に冠たる金融機関ネットワークシステムである全銀ネットに加盟するのは非常に難しい。資金の移動は金融の根幹であり、業務を継続できるだけの資金力と信用力が不可欠。



 そうすると、このネットワークに直接参加できるのは、利用者からの支払い金を店舗に立て替えられるだけの資金力が求められるので、それなりの企業規模の業者に限られる。クレジットカードや信販の大手やオリックス、ソフトバンクグループなど金融業務を展開している大企業になる。カードや信販の大手はほぼすべてでメガバンクが支配しており、メガバンクグループが最も得をする構図になる。


 資金力に乏しいキャッシュレス決済事業者は淘汰され、ノンバンク大手に吸収される可能性も出てくる。その気はなくても、全銀システムに直接加入する事業者は手数料を引き下げるので競争に敗れる。生き残るキャッシュレス決済事業者は大手ノンバンクだけになって市場は寡占化し、競争による消費者還元は生まれにくくなる。銀行を叩けば消費者にメリットが生まれるような今回のニュースだが、よくよく考えてみると事態はあまり変わらないのではないか。


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平木恭一(ひらき・きょういち)

明治大学文学部卒。経済ジャーナリスト。元金融業界紙編集長、金融業界の取材歴30年。週刊誌や経済専門誌に執筆多数。主な著書に『図解入門業界研究 金融業界の動向とカラクリがよ〜くわかる本』(秀和システム社)、『図解入門業界研究 小売業界の動向とカラクリがよ〜くわかる本』(同)など。

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