夏至を過ぎて天気図の梅雨前線と睨めっこの時期になった。温暖化のせいか、春先から気温が高く、夏至で既に夏本番のような気温である。蝉がまだ鳴いていないので確かに暦は盛夏ではないと確認するのだが、蚊やカメムシは活発に飛びまわっている。冬の気温が下がりきらず、雪を待っている間に春になり、三寒四温どころか一気に夏の気温になったように思うが、そのまま真夏を迎えそうである。
こんな気候だと植物も慌てるのか、開花時期が異様に早いものがあって、筆者が管理する薬用植物園では、先日から植物体は小さいままキキョウがもう咲いているし、ザクロはすっかり花が終わって若い果実ばかりになっている。梅雨時の主役のはずのクチナシもアマチャも、花が残っているのは日陰の方だけである。そんな季節外れな様子を見ながら、冬場にいつもなら低温で死んでいるはずの虫が死んでいないので、これからの季節は虫が一気に増えるのではないかと気を揉んでいる。
例年であれば、京都では7月10日前後に梅雨が明けて、やがて祇園祭が終わると、前期の授業終了と期末テストがやってきて、盛夏に突入する。しかし、今年は祇園祭は中止、筆者が勤務する大学では、前期授業はすべてWEB配信で実施、期末テストもWEB経由で実施という、異例ずくめの7月である。緊急事態宣言が解除されている間に、せめて近場の山に植物観察に行きたいね、と学生たちと話しているのだが、さて実現できるのやら。
真夏の山歩きの薬用植物観察のメインは、やはりセンブリではないかと思っている。センブリは小さな花をたくさんつけるリンドウの仲間だが、見かけの可愛らしさに反して、その花を口に入れたときの味は非常に苦い。花だけでなく葉茎もすべて苦い。その苦味は、千回振り出し(煎じる)てもまだ苦いくらいだ、というのでセンブリという名前がついたとも言われる。
その苦味の正体は、スウェルチアマリンなどのジテルペン配糖体に分類される化合物で、胃液や胆汁などの分泌促進作用がある。唾液や膵液も分泌が増加するとの報告もあり、総合的に健胃作用、整腸作用が期待できるというわけである。これからの季節、夏バテの大きな原因のひとつである食欲減退や、暴飲暴食による消化器の不調を多少なりとも予防、あるいは治療してくれる薬草である。また、近年は育毛剤の成分としてもしばしば登場するようになった。
センブリの学名は Swertia japonica Makino で、japonicaという種名の通り、日本原産の薬用植物で昔から日本で重宝されてきた。ドクダミ、ゲンノショウコと共に、三大和薬と称したりする。これら3種とも、かつては身近にたくさん生えていたのだと思われるが、ドクダミはともかく、ゲンノショウコもかなり減ってしまったし、センブリは限られた場所でしか見つからなくなっている。いずれも日本薬局方に収載されている生薬で、近年は栽培されたものが主に利用されている。
センブリの栽培地としては長野県が有名で、他に高知県、秋田県、京都府などが挙げられる。筆者が生薬見本として学生に講義するために購入するセンブリは、10年ほど前までは全長が50〜60センチほどもある大型のものが主流で、山歩きの最中に見る、草丈10センチほどの可愛らしい華奢なセンブリと比べると、同じ種なのかどうか疑いたくなるほど生薬は立派だった。これは、栽培センブリは農作物として重量で取引されるので、植物個体が大型のものの方が反収が大きく有利になるため、栽培化に成功して農家さんが毎年作るうちにどんどん大型化していった結果であったらしい。最近では、スウェルチアマリンの含量規定が薬局方に入ったことも影響しているのか、生薬として販売されているセンブリの大きさは、少し大きめの野生品ほどに落ち着いているようである。
写真のセンブリは、関西のある山の山頂付近に群生しているものだが、山頂で風を遮るものが少なく、直射日光にも当たるせいか、非常に背が低く、草丈に比べて花が大きい草姿である。可憐な花は真夏の一服の清涼剤だが、生えているエリアは保護区域内で採取が禁止されているにもかかわらず、不届き者の不法採取が止まず、近年は非常に数を減らしてしまっている。残念なことである。センブリは発芽してしばらくは、小豆粒ほどの大きさの葉が地面に張り付くように数枚広がるだけである。冬を越して2年目にようやく直立する茎が伸びて、状態が良ければ花がつく。願わくば、あちこちの里山にセンブリが見られるような、豊かな自然の中に暮らしたいものである。
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伊藤美千穂(いとうみちほ) 1969年大阪生まれ。京都大学大学院薬学研究科准教授。専門は生薬学・薬用植物学。18歳で京都大学に入学して以来、1年弱の米国留学期間を除けばずっと京都大学にいるが、研究手法のひとつにフィールドワークをとりいれており、途上国から先進国まで海外経験は豊富。大学での教育・研究の傍ら厚生労働省、内閣府やPMDAの各種委員、日本学術会議連携会員としての活動、WHOやISOの国際会議出席なども多い。