7月に入って、東京都の感染者の数が連日100人を超えるなど、新型コロナウイルスが再び広がりを見せている。一部の国や地域では感染拡大のピークを過ぎたが、米国、ブラジルを中心に世界全体ではまだまだ感染の勢いは落ちていない。


 いったん収束したとみられる国や地域でも、クラスター感染が発生し、緊張感が高まることもある。第2波、第3波のリスクがある限り、経済活動が本格化するのは難しい。


“自粛モード”を解除するには、治療薬の開発、ワクチンの開発、集団免疫の獲得、ウイルスの弱毒化のいずれかが不可欠である。『新型コロナの正体』は、サブタイトルに〈日本はワクチン戦争に勝てるか!?〉とあるように、ワクチン関連に多くの紙幅を割いた1冊だ。著者のひとりである森下竜一氏は、アンジェスと大阪大学などが参画するワクチン共同開発プロジェクトのキーパーソンと目されている。


 7月2日にWHOが公表した資料によると、臨床試験に入っているワクチンが18、前臨床段階にあるワクチンが129掲載されている。開発中のワクチンには、さまざまなタイプがあるが、本書を読むと、現在開発が進んでいるワクチンのタイプごとのメリット・デメリットがよくわかる。


 通常のワクチンは、ウイルスを不活化したり弱毒化したりして、有精卵でつくる。前述のWHOの公表資料では、4つが臨床試験段階にあるが、〈ウイルスの不活化、あるいは、弱毒化がうまくできるか〉という懸念がある。〈未知のウイルスで、かつ毒性が強いと簡単ではありません。万が一ウイルスが混じると、病気になる可能性〉もあるという。


 製造に用いる有精卵を確保するには、インフルエンザ用ワクチンなどに使う有精卵を減らして、新型コロナ用ワクチンに回すなどの判断も必要になる。ワクチンの供給量が、限りある有精卵の供給量に左右される格好になる。製造期間は、〈ウイルスを弱毒化するのに1~2ヵ月かかり、卵のなかで増やすのにだいたい4ヵ月くらい〉かかる。


 森下氏らが手掛ける「DNAワクチン」は、ウイルスの遺伝子情報のみを使い、ウイルスそのものは使わないタイプ。仕組みの詳細は本書を読んでいただきたいが、〈通常のワクチン製造が抗体を作る抗原の製造を鶏の卵で行うのに対し、人間の体のなかで作らせる〉。ウイルスを使わないため、安全、かつ早く作ることができるという。


「RNAワクチン」は、現在5つが臨床段階にあるが、先行している米ベンチャーのモデルナ社が進めているのは、タンパク質を作る信号である「メッセンジャーRNA」を入れて抗体を作らせるタイプ。RNAワクチンもウイルスそのものは使わないが、〈DNAよりRNAは不安定なので、安定にするために修飾(注:活性や反応性などの機能を変化させる)する必要があり〉、製造コストが高いのが難点だ。


〈アデノウイルスという風邪のワクチンを弱毒化して使用する〉「アデノウイルスワクチン」に関しては、〈遺伝子の発現量がDNAワクチンやRNAワクチンよりも多いことが知られており、抗体を作るという点では優れています〉という。ただ、〈遺伝子治療で死亡例も出ており、毒性もかなり高い〉うえ、アデノウイルスに対する抗体もできることから、複数回投与した場合、効果が出ないという。


 それぞれ一長一短。そもそも、現時点ではどのワクチンが有効かも未知数である。


■ワクチン完成でも輸出規制のリスク


 開発されている新型コロナウイルス関連のワクチンの数から、緊急度と関心の高さを感じるが、理由はそれだけではなさそうだ。実は、もしワクチンの開発に成功したとしても、〈どのワクチン会社も自国向けに生産するのが精いっぱい〉。ワクチンの製造国が輸出に回せるのは、かなり先になる可能性がある。


 マスクが足りなくなったとき、中国が輸出規制を行ったが、ワクチンの開発に成功した国でも輸出規制は起こり得る。あまり新薬のイメージがない意外な国まで、ワクチン開発を手掛けているのは、輸出規制を意識してのことかもしれない。


 国内でも複数のワクチン開発プロジェクトが進んでいる。日本に開発能力のある製薬会社や研究機関があるメリットが発揮された格好だ。成功に期待したいところである。ただ、日本に限らず、今回の新型コロナウイルスでは、新薬にしろ、ワクチンにしろ、驚くべきスピードで開発や承認が進んでいる印象がある。


 1970年代に米国でブタ由来のインフルエンザが流行した際、大々的にワクチン接種を行った結果、ギランバレー症候群の患者が大きく増えたケースもある。効果や副作用・副反応の検証はあくまで科学的な判断で、というスタンスは崩さずにいてほしいところだ。


 本書ではワクチン以外にも、数々の判断に疑問を持たれたWHOや多くの命を救ったECMO(体外式人工心肺装置)、検査の実施方法や数に疑問が呈されたPCR検査、世界から注目されたクルーズ船対応など、新型コロナウイルス感染症に関連したテーマを広く扱っている。


 コロナ渦が現在進行形で、情報も錯綜しており(先日もWHOが初期対応の時系列情報を修正した)、現時点では評価しがたい部分もあるが、政治や社会、経済まで広がるパンデミックの影響の大きさが実感できる。(鎌)


<書籍データ>

新型コロナの正体

長谷川幸洋、森下竜一著(ビジネス社1300円+税)