7月15日、尾身茂・新型コロナウイルス感染症対策分科会長等の専門家も出席のもと衆議院予算委員会の閉会中審査が行われた。審議で、新規感染者の増加傾向がみられる時期の「Go To キャンペーン」開始の是非や判断の根拠について問われると、西村経済再生相は「明日、開催する政府の分科会でご議論いただく」「専門家のご意見も伺いながら…」と即答を避けた。


「科学者など有識者は各専門の立場から判断材料を示し、政府は政策決定に責任を持つ」という役割分担はいまだ曖昧で、「専門家の意見」が逃げの口実に使われている印象を受ける。そうした状況の中、日本循環器学会が山中伸弥氏(京都大学iPS細胞研究所所長・教授)と西浦博氏(北海道大学大学院医学研究科・衛生学教室教授)の対談をYouTubeで公開した。


要入院治療者の立ち上がりは4月より緩やかだが…


■科学者の自負が感じられる対談


 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響で、年会の中止や遠隔開催の判断をした学会は多い。約28,000人の会員を擁し、年会には1万人以上が集う日本循環器学会(JCS)もそのひとつで、第84回学術集会を当初の3月から、いったん7月末に延期。さらに7月27日から8月2日を「The Week for JCS 2020」とし、殆どのセッションをライブやオンデマンド配信することにした。両氏の対談は、オープニングセレモニーで紹介する内容を一般向けに先行公開したものだ。


 人との接触削減を提言したことで「8割おじさん」の異名も生まれた西浦氏は4月半ば、「1人の感染者が2.5人に感染させる」との前提で、「何も対策をとらなければ」国内で85万人が重篤化し42万人が死亡するとの試算を発表した。前提は伝わらず、実際の重症者数や死亡者数が少なかったことで脅迫めいた手紙を受け取るなど社会的な批判を受け「制御の難しさ」を実感した、また発表した数値の妥当性は検証中という。


 両氏の対談や、JCSの専門医との質疑応答の中で示された最近の知見や見解を以下に紹介する。


日本人は感染しにくいのか:山中氏は欧米に比べ、日本を含む東アジアで感染拡大が不思議と緩やかな理由を、仮に「ファクターX」と呼んできた。西浦氏によれば、日本人の致死率(対感染者)は0.5%、高齢者は10%超で他国より特に低いわけではない。一方、米国の食肉加工工場ではクラスター発生時に爆発的に感染者が増え(※)、日本とは規模が違う。そこで、罹りやすさに注目し「クラスターが形成されたときの2次感染者数」を解析中だという。


※米国では4月9~27日に19州の115工場で4,193人(全従業員の約3%)が感染し、20人が死亡した(5月1日付CDC感染症週報)。


新型コロナウイルスに対する免疫系の反応:新型コロナウイルスと季節性コロナウイルスとの関係に注目する研究者もいるが、西浦氏によれば、今のところ日本人が新型コロナウイルスに対し、交差免疫をもっているエビデンスはない。免疫に関しては、欧米は急性呼吸窮迫症候群(ARDS)が多く、むしろ免疫系の過剰な誤作動が症状を悪化させている可能性がある。


 BCG接種率の高い国はCOVID-19による死亡率が低いとの議論もあったが、アジアと同様、接種率が高い南米でまだ感染拡大が起きていなかった時期だった。今後、南米の最新状況も含めて再度分析する必要がある。


 新型コロナウイルス感染者で中和抗体ができている割合が少ない、抗体ができても3か月くらいで減衰するという報告がNature等の専門誌でなされている。これに関して西浦氏は、ワクチン開発にも携わる河岡義裕氏(東京大学医科学研究所ウイルス感染分野教授)から教えてもらった話として「急性経過をたどる感染症で抗体が減衰するのは普通のこと」「季節性コロナウイルスに対する免疫も、体液性免疫(抗体)では検出できないが、細胞性免疫で検出できることがある」と紹介。今後、新型コロナウイルスに対する細胞性免疫を検討する中で、「細胞性免疫も活性化するワクチンに期待できるかもしれない」と述べた。


■複数年にわたる流行は確実


日本はこれから感染拡大を抑え込めるのか:西浦氏によれば、第一波のときは(社会的偏見から)自ら感染を名乗り出るのが難しい状況にあった。東京都の感染者増は、新宿区におけるホストクラブ従業員の集団検査による影響もあるが、他の業種内での伝播、院内感染や家庭内伝播も少しずつ増えており「今の対策でよいのか」と心配になっているという。


 ホストクラブの感染者は当初「店の情報を言うと殺される」という反応だったが、保健所の努力により検査(や情報提供)に協力する人が増えてきた。「夜の街」でひとくくりされるが、従業員が寮やシェアハウスで共同生活することによる感染拡大もある。「秘密にせず検査に協力してもらえる体制」を、国や都・区とともにつくる必要がある。


 山中氏は西浦氏に同意し、感染者に「感染と差別という二重の被害」をもたらさないことと、政府の有識者会議等で専門家として勇気をもって発信していくことへの決意を述べた。


COVID-19以外の診療への影響:循環器内科の場合、心筋梗塞に対するカテーテル治療といった緊急治療もあれば、より患者が快適に暮らしていくための「必要だが不急の治療」もあり、患者は「いつ治療を受ければいいか」、医師は「どう治療を進めればいいか」悩んでいる。


「COVID-19との長い戦いの中で、どう治療を提供していけばよいのか」という現場の医師の声に対し西浦氏は、「第一波に比べれば、ある程度(医療機関の)分業ができるようになってきた」とコメント。ただし、感染者が少ない間は療養病棟を集約できるが、急増したときには影響がある。第一波での知見を活かし、「ルーティンの治療を賢く進めていく方策が必要」とし、例えば「一定以上の年齢やハイリスクの患者は検査をしたうえで入院管理する」「COVID-19に対応するスタッフを限定し感染リスクを最小限にする」など、個々の病院ごとに方法を模索・実施していくしかない、との見解を示した。


基礎研究への影響:山中氏は「(COVID-19を)何とかしないと本来の研究ができない」「先進医療を行うという大学病院の役割を果たせない」とし、COVID-19診療に協力するほど病院経営が苦しくなる現状に対し、「国や地方自治体にしっかり支援していただけるよう強調したい」と述べた。


 山中氏は現在、患者の受け入れ病院と連携し、iPS細胞技術を用いて臨床症状と紐づけた基礎研究を行いつつある。具体的には感染して軽症だった人、重症化した人、心臓へのダメージが大きかった人等由来のiPS細胞を培養してつくった肺のオルガノイド(3次元的に試験管内でつくられた臓器)や心筋細胞に新型コロナウイルスを感染させ、病態を再現するという。


収束時期は:JCS 2020大会長の問いに対し、西浦氏は「純粋に科学的見地からは明るい希望を抱いていない」「流行を繰り返しながら弱毒化するか否か観察していく」と回答した。今どの国が制御に成功し、今後どのような方針をとっていくのか予測がつかない、混沌とした状況だからだ。特に米国の政治経済状況を危惧し、「世界が壊れなければいいな」と真剣に心配している。


 各国が「流行の制御」と「社会経済活動」の二項対立に神経をすり減らしながら対応するなかで、「ゲームチェンジャーがあるとすればやはりワクチン」だ。しかし、有効なワクチンができたとしても、世界規模の対象者に一度(一定期間)に接種するのは人類史上初めて。(重症化しやすい)高齢者に接種した場合も免疫系の誤作動が十分に起こりうるなど、一筋縄にいかない。「(制御は)難しい」という認識を、医療関係者が共有しておくべきだろう。


 流行が「複数年にわたることは確実」で「他国の動向が感染収束の時期を大きく左右する」。今後も大きな規模で第二波、第三波に対峙する必要があり、西浦氏の感覚は、野球で言えば「まだ2回裏で、新型コロナウイルスが攻撃」くらいだという。


 長丁場を想像すると憂うつになるが、やられてばかりではいられない。相手の手の内に関する情報を蓄積・分析して、賢く防御し、反撃する方法を探っていくしかなさそうだ。


新規感染者はアフリカでも急増。日本も予断を許さない


【リンク】いずれも2020年7月15日アクセス

◎東京都新型コロナウイルス対策サイト「都内の最新感染動向」

https://stopcovid19.metro.tokyo.lg.jp/


◎第84回日本循環器学会学術集会・記念対談「新型コロナウイルスの流行における意思決定~未曾有の状況下でどう考え、どう判断すべきか~」→本編(2020年7月10日~10月31日公開)

http://www.congre.co.jp/jcs2020/public_seminar.html


[2020年7月15日12時現在の情報に基づき作成]


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本島玲子(もとじまれいこ)

「自分の常識は他人の非常識(かもしれない)」を肝に銘じ、ムズカシイ専門分野の内容を整理して伝えることを旨とする。

医学・医療ライター、編集者。薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師。