緊急事態宣言解除以来、新型コロナウイルス感染が急拡大している。アメリカで経済再開以来、感染者急拡大をなぞったような塩梅だ。多くの医師が「自粛解除はまだ早い」と叫んでいたにもかかわらず、安倍晋三首相は経済優先を、小池百合子東京都知事は知事選を乗り切るために、という思惑による自粛解除で、科学者である医師の忠告を無視した結果だ。おかげでテレビは朝から晩まで「コロナ、コロナ」の大合唱だし、新聞も連日、大報道している。


 だが、面白い、いや、おかしいのは感染拡大の中心地である新宿・歌舞伎町の扱いだ。小池知事が新型コロナの発生源を「接待を伴う夜の飲食」と表現し、「3密を避けてほしい」と訴える。テレビも新聞もそっくり引用して感染者の多くが「接待を伴う夜の飲食」の関係という。で、その「接待を伴う夜の飲食店」の中身はホストクラブであり、キャバクラだという。新聞記者もテレビの記者も奇異に感じないのだろうか。


 今までたびたび接待し、接待されてきたが、場所は相手が高級官僚や一流企業の幹部なら料亭や高級寿司店、銀座のクラブを使い、気軽に会える人なら小料理店やしゃぶしゃぶ専門店、居酒屋を使うことが多かった。終了後も飲みたい人は2次会と称して赤坂や六本木のクラブに行った人も多い。新宿、池袋、錦糸町、五反田辺りは、どちらかと言えば、個人的に飲みに行くところだ。間違っても接待場所が新宿・歌舞伎町のホストクラブ、キャバクラなんて聞いたことがない。


 かつてある大手銀行の頭のいい人が「ノーパンしゃぶしゃぶ接待」というのを編み出した。接待されたのは、言うまでもなく監督官庁の財務省の官僚と日銀職員が多かった。面白いことにノーパンしゃぶしゃぶ店はお客の名刺を集めていて、週刊誌記者時代にそれを見せてもらうと、財務省職員が圧倒的に多く、次いで日銀職員である。大手新聞社の経済記者の名刺もあったが、日頃、「下ネタばかり扱う」と言われている週刊誌記者の名刺が1枚もなかったのは不思議だった。


 店では台の上で食材を運んでくれるミニスカートのノーパン嬢を下から覗きこみながら、しゃぶしゃぶを食べる趣向だが、高級官僚や日銀幹部は大喜びだったそうだ。日頃、堅い感じの財務官僚や日銀幹部がノーパン嬢を下から覗きこみながら牛肉を食べている姿を想像すると、助平、いや、野卑そのものだ。それはともかく、今また新宿のホストクラブやキャバクラでノーパンしゃぶしゃぶ接待のようなことが行われているのだろうか。


 ホストクラブの客は女性である。キャバレーやクラブ、風俗店などで、女性と話をしたい、肩を組みたい等々、下心のある男性客の相手をしてフラストレーションが溜まったホステスさんが、逆に立場を変えて女王様のように扱われたい、あるいは、若い女性が男性ホストから大事に扱われたいという願望をかなえてくれる店だ。キャバクラのほうは主に若い男性客がそれぞれ下心を伴って飲みに行く店だ。ビジネス上、大事なお客さんを接待するために利用する飲食店とは思えない。


 そういう飲食店を「接待を伴う夜の飲食」とはよくも言ったものだ。女性知事だから露骨な言葉を使えなかったのだろうが、マスコミもそのまま使うとはどういうことか。ジャーナリストとしての自覚、精神を忘れているとでも言うしかない。


 加えて、そういう店で「3密」を回避してほしいというのも空々しくて笑える。なにしろ、ホストクラブもキャバクラも「濃厚密接接触」するために行く飲食店ではないのか。「3密回避を守れ」と言われた店側もホストもホステスも客も面食らうだろう。そういう店の内容を知っていながら隠すような言葉で誤魔化すのは、正にカマトトである。同じ新宿・歌舞伎町で「接待を伴う夜の飲食店」ではない、ごく普通の飲食店が可哀想だ。曖昧にするのではなく。誤魔化すのでもなく、ハッキリと飲食店の内容を説明し、3密を回避させるために自粛するよう要請することこそが、新型コロナ感染拡大を防ぐ方法だろう。


 付け加えれば、ホストクラブやキャバクラは自粛を要請しても自粛してくれないという声もある。店側は従業員に給料を払うために、経営者も食べていくために閉店はできないと訴える。こういう状態から「要請ではなく、強制できるように、さらに従わない場合は罰金を科すことができるように法改正すべきだ」という声も上がっている。ついでなのか、それとも意図的なのか、だから憲法を改正すべきだ、という話に発展させようとする。だが、法改正しなくても自粛させることはできる。現行法を効果的に使えばいいのだ。


 そもそも、飲食店を経営したことがある人なら誰でも知っているはずだが、飲食店にとって最も怖いのは保健所である。税務署が怖いというのは脱税をしている人である。飲食店で食中毒を起こしたら、もう大変だ。保健所から1週間から10日間くらいの営業停止命令をくらう。近隣の人からは5年経っても10年経っても「あの店は前に食中毒を出した」なんて言われてしまう。


 高校時代の同級生が大学進学後、伯父の寿司屋でアルバイトしたことが機縁になり、息子のいない伯父の後継ぎになった。寿司屋は3店舗だが、本店の裏に弁当工場を持ち、遊園地や競輪場などで1日数百個の弁当を販売している飲食業である。ところが、競輪場と遊園地を兼ね備えた大型レジャー施設で食中毒事件が起きた。弁当を納入していたのは東証に上場している大手業者2社と同級生の寿司屋で、食中毒の発生源は同級生の寿司屋とされ、10日間の営業停止命令を受けた。


 同級生によれば「食中毒の発生源はわからず、うちが発生源にされた」という。


「食中毒発生直後に3社に保健所の調査が入り、調理場を隈なく調べた。が、3社のどこからもウイルスが出なかったんです。食中毒が発生したのは事実ですし、どこかが発生源のはずなんです。困った保健所は一番規模の小さいうちの従業員全員の鼻の穴に綿棒を突っ込み、細菌検査したんです。そして発生源とされてしまった。鼻の穴に綿棒を突っ込んで検査すれば、誰でも雑菌がいるんです。しかも、大手の2社には検査せず、うちだけ検査して雑菌がいたということで犯人にされてしまった。大手業者が発生源になると影響が大きいということでしょう」


 飲食店は保健所に刃向かうことなどできない。食中毒が発生したら営業停止を命じられるのだ。ましてこのコロナ騒ぎの最中だ。新型コロナの感染者が出たホストクラブやキャバクラには保健所が入り、営業停止命令を出せばよいのだ。法律改正が必要だ、憲法を改正すべきだ、などと大上段に振りかぶらなくとも現行法を活用すれば対処できる。だいいち、法改正する時間も節約できる。保健所から営業停止命令を受けたら、その情報は瞬く間に新宿中に広まる。他のホストクラブもキャバクラも慌てて自粛要請に従うだろう。


 また、ホストクラブやキャバクラが風俗業と指定されていれば、風営法も活用できるはずだ。飲食店の目線に立って考えれば自粛要請の徹底はできる。要は、もっと頭を使うことなのである。(常)