新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関しては、当初から玉石混交の情報の氾濫(infodemic)が指摘されている。専門家の発言でも、インパクトのあるワンフレーズを勝手に解釈するのではなく、真意を知るための「ひと手間」が必要だ。ここ1週間で気になったコトバ「エピセンター」の背景を探った。


■急浮上した「エピセンター」化リスク


 エピセンター(epicenter)の語源は、「中央に位置する」というギリシャ語のepikentros。まず地震の震源地の真上の地点「震央」の意味で、やがて、特に難しい・不快な状況の「中心点」を表すときに使われるようになった。パンデミックに至った今年は、武漢、イタリア、アメリカ、ブラジルなど移り変わる「感染集積地」に関する報道で、“Where is the next epicenter of COVID-19?”などのタイトルで取り上げられてきた。


 それがにわかに脚光を浴びたのは、7月16日、参議院予算委員会の閉会中審査に参考人として登場した児玉龍彦氏(東京大学先端科学技術研究センター、がん・代謝プロジェクトセンター)の発言がきっかけだ。立憲民主党・杉尾秀哉議員の「いったん収束した感染が再び拡大している。いったん何が起きているのか。いわゆる第二波の予兆と考えていいのか」との質問に対し、「東京の中にエピセンターが形成されつつある」「日本の総力を挙げて止めないとミラノやニューヨークの二の舞になる」、このままでは「来週は大変になる」「来月は目を覆うようなことになる」と語気強く訴えた。


 児玉氏の「第一波」「第二波」「第三波」は通常の文脈と異なり、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)遺伝子の変化を指す。国内の流行はまず、武漢型、次いでイタリア・アメリカ型と推移し、現在は「東京型」「埼玉型」が生じつつあるという。


■「面対策」に数十万人単位のPCR検査を訴え


 児玉氏いわく「クラスターとエピセンターは全く違う」。クラスターは、外来(海外由来)の感染者が来て「(ウイルスにとって)最適でない」場所で増えて起こる。一方、エピセンターは、「一定数の無症状のかたが集まり、そこで自立的に感染が増えていく」。PCR検査陽性の無症状者の中に「抗体がつくられないかたがおり、スプレッダー(拡散者)になる可能性がある」との見解を示した。


 さらに従来の対策が一律で行われてきたことの問題を指摘。「症状がある人」は従来の流れで、PCR検査・抗原検査、(必要に応じ)抗体検査を行う。一方、「無症状感染者対策」として、まず抗体検査を入り口に陽性者が多いエリアを選んでPCR検査・抗原検査を行い、重点的に「面で制圧していく」方法を提案した。


 また、児玉氏が積極的にWeb上で公開した「参議院予算委員会資料」のスライドでは、「無症状者が増え、持続的に多量のウイルスが排出されるエピセンターでは地域住民、就労者の網羅的な感染者隔離・追跡が要る」。エピセンター化すると「劇場や電車でも感染する可能性がある」との発言は、感染者の数と排出するウイルス量の増加による「5μm程度のエアロゾルによる感染」を指しているようだ。


 また、「エピセンター制圧には20万人以上のPCR」が必要であるにもかかわらず「現在の法制度で検査が増えない理由」として、「感染検査を担う事業所の限定」「自治体ごとに異なる個人情報の扱い」「自治体ごとの対応根拠が不明確な現特措法」を挙げている。


 最後に「補足資料」として、東大先端研テカンラボで実施する場合の予算見積もりまで付記されている。同氏は「新型コロナウイルス抗体検査機利用者協議会」のアドバイザーでもあり、その意図については判断が分かれるところだろう。


■科学と政策判断のバランスの難しさ


 ただ、緊急事態宣言下でも、東京都を中心に再び感染者が増加してきた現在でも、感染状況に大きな地域差があることは事実である。


 4月27日以降、国立国際医療研究センターが委託業務として行ってきた「新宿区新型コロナ検査スポット」で7月14日までに行政検査として実施したPCR検査3,744件の陽性率は30%と、東京全体の6%より明らかに高かった。「新宿モデル」で医療提供を行ってきた新宿区であれば、「面対策」の試行は可能かもしれない。



 この日、児玉氏は「一挙に」「責任者を明確にして」「トップダウンで」「前向きの」対策を「直ちに」始めるべき、と耳の痛いキーワードを並べた。しかし、発言を受けた西村経済再生相は「エピセンターと呼ぶか、クラスターと呼ぶかは別として」とあっさりスルー。「(児玉氏と)共通の認識は持っている」として、新宿区でのクラスター対策と積極的PCR検査の取り組みを挙げた。


 最近、米国看護アカデミーの会長は「The Epicenter We need: Science」という一文を寄せ、「医療関係者だけではなく、科学者もエピセンターの最前線で戦っている」「エビデンスは、いま患者の命を救い、彼らの未来を守るために欠かせない」と述べている。


 これまでのところ、わが国のCOVID-19対策は成功ばかりではなかったが、少なくともリーダーの極端な科学軽視でエピセンター化した国とは異なる。多領域にわたるCOVID-19対策の科学を咀嚼して政策決定者に伝えるのは、新有識者会議か、新分科会か。引き続き、注意深く見守りたい。


【リンク】いずれも2020年7月21日アクセス


◎東京大学先端科学技術研究センター「PCR陽性で無症状で、抗体検査陰性の感染者について」(2020年7月7日)

https://www.rcast.u-tokyo.ac.jp/ja/news/release/20200707.html


◎東京大学アイソトープ総合センター「参議院予算委員会資料」(2020年7月16日)

https://www.ric.u-tokyo.ac.jp/topics/2020/ig-20200716_1.pdf


◎日本医師会COVID-19有識者会議「國土典宏、徳原真、大曲貴夫、杉山温人:NCGM発熱相談外来と新宿区PCR検査スポット:定点観測からみた感染拡大」(2020年7月16日)

https://www.covid19-jma-medical-expert-meeting.jp/topic/3065


[2020年7月21日現在の情報に基づき作成]


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本島玲子(もとじまれいこ)

「自分の常識は他人の非常識(かもしれない)」を肝に銘じ、ムズカシイ専門分野の内容を整理して伝えることを旨とする。

医学・医療ライター、編集者。薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師。