杜仲(トチュウ)は日本では、いわゆるツバキの仲間のチャの葉を使わない、ノンカフェインの健康茶になる植物として知られている。杜仲茶で使うのは、トチュウの木の葉である。かなり昔になるが、ふと手にした杜仲茶の製造会社が、有名な造船会社だったのにひどく驚いた記憶がある。その会社は今でもトチュウ製品を扱っていて、最近では、大阪大学との産学連携でトチュウからバイオポリマーを生産し、機能性を持った化粧品素材などとして販売しているようである。


 このバイオポリマーのもとになる成分は杜仲に含まれる特徴的な成分で、トチュウの葉や果実をちぎると破片どうしが細かい糸を引いて連なる、その糸状に見える成分である。薬学の教科書ではグッタペルカと書かれていることが多い。イソプレンと呼ばれる単位の長鎖構造を持つので天然ゴムの一種だが、同じ天然ゴムに分類されるものでも、輪ゴムや自動車のタイヤになるパラゴムがシス型イソプレンの長鎖であるのに対し、トチュウのゴムはトランス型イソプレン鎖で、伸縮性はパラゴムに及ばない。なので、いわゆる伸び縮みする天然ゴムをトチュウから作るのは難しいので、他の特徴を生かして機能性素材とされているということのようである。



 日本での知名度の高さがまさるので、葉を利用する杜仲茶から話を始めたが、生薬としての杜仲は葉を使うのではなく、樹皮を使う。漢方処方としては大防風湯に配合されているくらいで、汎用される生薬ではないが、神農本草経(東アジア圏でおそらく最も古い生薬の教科書のひとつ)にも上薬(神農本草経では365種類の生薬を上・中・下の3つのランクに分類しており、上薬は命を養う薬とされる)として書かれており、特に腰痛や陰部・泌尿器のトラブルによく効き、長期に服用すれば不老長寿の効果があるとされている。成分研究の結果、樹皮と葉の成分に共通性が高いことがわかって、日本では毎年大量に収穫できる葉の利用が進んだようだ。


 植物としてのトチュウは日本でも育て易く、成長が早いので、多くの薬用植物園で観察することができる。野生のものは日本の山野には確認されていないそうだが、第三紀、というから何百万年も前の話であるが、の地層には、日本の各地でもトチュウの果実が確認されているらしい。


 かなり古代から生き延びた植物なんだろうということは、トチュウが、トチュウ科という属にトチュウだけが分類されている、つまり、1科1属1種であるということからも予想できる。雌雄異株(雄木と雌木がある)で、花の構造はいたって単純である、などの点も、何百万年も前からいる植物によくある特徴だと思われる。


 雄木には雄花だけがつくが、雄花は写真の通り、雄蕊だけがカバーの中から出てきて花粉を飛ばす。花びらや蜜を出す腺などは無い。雌木の雌花は、色が緑色で判別しにくいが、先についている口髭のような形の黄色い柱頭(雌蕊の先端部)が特徴的な構造である。これも花びらや蜜腺は無くて、果実(タネ)になる部分だけと言ってもいいような形なので、受粉して果実が熟していっても見かけに大きな変化がない。トチュウの花が咲くのは京都では4月上旬、新学期が開始されてドタバタの時期で、気がつけば花期は終わっていることが多い。今年はCOVID-19騒ぎで4月初めに授業は開始されず、出張はすべて取りやめになって、でも、植物の世話は取りやめにはならないので、期せずしてできたシャッターチャンスであった。



 筆者が管理する園では、夏には大きな葉をたくさん茂らせて陰を作ってくれるが、冬には落葉してしまうので周りは明るく日当たりが良くなる木で、成長が早い樹種の、トチュウとトチノキを園の真ん中に一列に複数本植えてある。特にトチュウは、雌木と雄木を交互に複数植えてあるので、秋には長さ約3センチ、幅約1センチ、厚さ数ミリ程度のプロペラ状の果実(タネ)がどっさり落ちる。そして春にはたくさん発芽する。数百万年を生き抜いてきた生命力を彷彿とさせる発芽である。次の発芽はマスク無しで観察できるのだろうか。鈴なりのトチュウの果実を見上げながら、ふとそんなことを考えた。



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伊藤美千穂 (いとうみちほ) 1969年大阪生まれ。京都大学大学院薬学研究科准教授。専門は生薬学・薬用植物学。18歳で京都大学に入学して以来、1年弱の米国留学期間を除けばずっと京都大学にいるが、研究手法のひとつにフィールドワークをとりいれており、途上国から先進国まで海外経験は豊富。“においは薬になりますか”も研究テーマのひとつ。大学での教育・研究の傍ら厚生労働省やPMDAの各種委員、日本学術会議連携会員としての活動、WHOやISOの国際会議出席なども多い。