新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、「夜の街」の集団検査を感染者増の理由にしているうちに、職場や家族内、会食での感染も増えた。社会経済活動との兼ね合いで、緊急事態宣言下と同等の外出・営業制限もなかなかできず、何となく宙ぶらりんなままに全国で感染拡大が続いている。


■米国で「プール方式」検査の緊急使用許可


 米国と実数の桁は違うものの、わが国では6月以降、新規感染者が一貫して増加傾向にあることは明らかだ。日本でのPCR検査数は増加してきてはいるが、単位人口当たりで国際比較すると相変わらず少ない。また、7月半ば以降の感染再拡大に伴い陽性率が上昇してきている。


 高度な自動検査機の導入でPCR検査数を大幅に増やした米国では、各機器専用の試薬キットの供給が間に合わずにフル稼働できず、結果判明までの流れが滞るという事態が生じている。迅速化が求められる中で、米国FDAは7月18日、Quest Diagnostics社の「プール方式」検査に対して緊急使用許可を行った。この製品では4名分の検体をひとつのプール(バッチ)にまとめて検査し、陰性であれば全員陰性、陽性であれば改めて個別に検査し、陽性者を特定する。


 FDAによれば、1検体ずつ検査する方法に比べ、検査リソースの節約と迅速化が期待できるが、「有病率が低く殆どのバッチが陰性になる」状況での検査戦略に適している。




■「誰でも、どこでも、何度でも」のインパクト


 無症状者を含めた感染者を早期に発見・隔離し、感染拡大抑制と社会経済活動との両立を図るうえで「社会的検査」のニーズが増加している。そうした状況の中、世田谷区は東京の「エピセンター」化発言で注目された児玉龍彦氏(東京大学先端科学技術研究センター)の提言も踏まえ、「誰でも、どこでも、何度でも」検査できる「世田谷モデル」の構築を目指している。


 世田谷区は都内で新宿区に次いて累積感染者が多い(8月3日現在1,099人)。3月は帰国者を起点とする感染が目立ったが、7月以降は接待を伴う都心の飲食店で感染した20~30代とその家族、介護施設、保育園などに拡がり始めた。区との協力のもと5月1日に「世田谷区医師会PCRセンター」が開設され、検査体制の強化に寄与してきたものの、保健所中心の感染症対策の限界がみえてきた。


 区のPCR検査数は7月後半に1日200件前後で推移し、7月30日は現体制でのほぼ上限である305件に達した。これを近日中に500件、さらに2,000~3,000件に引き上げる方法を探るという。その方策のひとつが「プール方式」のPCR検査だ。さらに、濃厚接触者を追跡する「コンタクトトレーサー」の仕事や電話相談を経験ある適格者にアウトソーシングできるかの検討も視野に入れている。


「世田谷モデル」検討のための初会合は「8月中に開催予定」という。ところが、保坂展人区長自らが多くの取材を受け、キャッチフレーズのわかりやすさもあって広く報じられた結果、世田谷区医師会やPCRセンターへの問い合わせや来訪が増え、医師会のホームーページで「世田谷区医師会PCR検査センターは症状ある患者さん(世田谷区民または世田谷区医師会会員の医療機関をかかりつけ医にしている患者さん)最優先の医療機関」「いわゆる世田谷モデルとは別の事業」と、告知する事態に至った。


 世田谷区医師会は、PCR検査センター立ち上げにあたり「保険診療によるPCR検査」ができるよう区と交渉する過程でも、「世田谷区は認可を渋り続け」「何が問題なのか私たちには全く理解不可能」など、医師会側から見た問題点を区民向けのお知らせでつづっている。改めて読むと、地方行政と医師会が連携し、住民に方法と意義を周知するうえでの課題が浮かび上がってくる。


■WHO専門家は「疑い例への検査に注力を」


 日本医師会の「COVID-19感染症対策におけるPCR検査実態調査と利用推進タスクフォース」は、PCR検査体制の整備が進む一方で、「利用に関して情報や考え方が十分整理されていない」として、7月21日に利用者の理解を助けるための手引き(中間報告書解説版)を公表した。


 手引きでは、PCR検査の目的を①診療、②公衆衛生、③ヘルスケア、④政策立案の4つに大別している。世田谷区では、4月の感染拡大時に②だけでは迅速な対応ができず、世田谷区医師会PCR検査センターで①のうち「広義の行政検査」を行うことになった。さらに「世田谷モデル」は②③を融合させた形の試みといえそうだ。



 一方、8月3日に行われたWHOのプレス・ブリーフィングで、第二波への備えについて聞かれた技術責任者のバンケルコフ氏は、感染拡大を抑えるためには「検査のスピードアップが重要」とし、「4~5日も経ってから検査結果がわかるようでは適切な隔離ができない」と答えた。緊急事態対応責任者のライアン氏も具体策として、「プール方式のPCR検査(pooled test)」や「疑い例に感度の劣る抗原検査を行ってまず陽性者を隔離した後、PCR検査結果を待つ」などの方法を挙げた。ただ、「住民全体を対象とする検査(population-based test)は時間と手間がかかるので、まず疑い例(suspected cases)の発見・隔離に注力してほしい」と釘を刺した。



「受けたくても受けられない」時期を脱して検査の選択肢が増えると、「何のための検査か」が見失われがちだ。地方行政、医療と住民、それぞれの立場で目的を明確にしたうえで実施・利用したい。


【リンク】いずれも2020年8月5日アクセス

◎FDA. “Coronavirus (COVID-19) Update. July 18, 2020.”

https://www.fda.gov/news-events/press-announcements/coronavirus-covid-19-update-fda-issues-first-emergency-authorization-sample-pooling-diagnostic


◎世田谷区医師会「重要なお知らせ:PCR検査ご希望の患者さんへ(2020年8月3日)」「2020年5月1日のPCRセンター立ち上げの記事内容について(2020年6月19日)」

https://www.setagaya-med.or.jp/


◎日本医師会COVID-19有識者会議「COVID-19感染対策におけるPCR検査実態調査と利用推進タスクフォース 中間報告書解説版(2020年7月21日)」

https://www.covid19-jma-medical-expert-meeting.jp/topic/3169


[2020年8月5日現在の情報に基づき作成]


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本島玲子(もとじまれいこ)

「自分の常識は他人の非常識(かもしれない)」を肝に銘じ、ムズカシイ専門分野の内容を整理して伝えることを旨とする。

医学・医療ライター、編集者。薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師。