お盆明け、テレビをつけるとNHKの「あさイチ」で「新型コロナウイルス いま伝えたいこと」と題し、8月4~8日にかけ制作局員3人が感染した状況について、日本感染症学会指導医等の検証を受けた結果を放送していた。番組制作については基本的にリモートで準備してきたが、うち2人が久々に局の会議室で対面、両名ともマスクをつけパーティションを挟んで斜向かいに座り打ち合せをしたという。


 専門家が指摘したのは、①換気条件、②座っていた位置、③打ち合わせ時間の長さ、④物の共有の問題だ。具体的には、①会議室はドアが1か所でテーブルごと複数箇所にパーティションを設置したことで却って換気が悪くなった、また換気のための扇風機で却って飛沫の流れをつくってしまった、②新たに感染した局員が座っていたのはドアから最も遠い部屋の奥だった、③1時間以上の同席は長いと考えるべき、仕切りがあってもマスク脇からのマイクロ飛沫が周囲を漂っていた可能性がある、④同じ書類を受け渡しながら打ち合わせしていた等だ。


 これらを改善したうえで気をつけたいのは、手指衛生のタイミング。コピー機脇など共用部分のそばにアルコール消毒液を設置している職場も多いが、他の作業をしているうちに手は汚染される。食事など手を肩から上に持っていく機会、即ち口・鼻・目に触れる直前に手洗い・消毒をするとよいという。小人数での感染からクラスター発生につながることがないよう、マスク、パーティション、換気、手指衛生のいずれも効果的な方法を考えて利用する必要がある。


■約100事例を分析し典型的6パターンを提示


 8月13日、国立感染症研究所感染症疫学センターが実地疫学専門家養成コース(FETP: Field Epidemiology Training Program)との連名で「クラスター事例集」を発表した。いまや一般にも定着したクラスター(患者集団、集団感染)に着目し、厚労省が2月末に対策班を設置して以降7月末までに全国で確認された約100事例から典型的な6パターン(院内感染、昼カラオケ、職場会議、スポーツジム、接待を伴う飲食店、バスツアー)のクラスターと注意事項を図示したものだ。



 

 FETPは、国民の生命や健康を脅かす「感染症危機管理事例」を迅速に探知し適切に対応できる「実地疫学専門家」を養成するために1999年に設置された。応募資格は、臨床研修または公衆衛生活動の経験があること、国・自治体等で感染症対策等の公衆衛生業務に従事している(あるいは従事する意思がある)こと、医師・歯科医師・獣医師・薬剤師・保健師・看護師・検査技師・食品衛生監視員等の専門資格に加え、感染症危機管理への熱意、英語でのコミュニケーション能力も問われ、ハードルが高い。


 それでも2019年4月1日までに77人が2年間のon-the-jobトレーニングを修了した。研修中の身分はあくまで「国立感染症研究所の協力研究員」だが、修了後は地方自治体(修了者の32%)、医療機関(26%)、防衛省(14%)、大学(10%)、国立感染症研究所(6%)、厚労省(3%)等で活躍している。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対応に携わった「クラスター対策班接触者追跡チーム」では40人中30人が、FETPの修了者か研修生だった。


 同チームは2020年2月25日~5月20日に30都道府県から58件の派遣要請を受け、74のクラスター事例に対応した。5月20日までに国内で認められたクラスターは262事例(うち医療機関93、高齢者福祉施設41、障害者福祉施設9)であり、全体の3割近くに対応したことになる。


 派遣先では各自治体の要望に応じ、データのまとめ、クラスターの発生要因や感染経路の解明、市中感染の共通感染源推定等の疫学調査支援、感染管理対策への助言等を行ったという。

 

■検査数増だけでは防げない感染拡大


 FETPの修了者はいわば「専門家集団」だが、日々発生する感染者や濃厚接触者に対応し、隔離や受診など適切な対応を促すうえで重要な役割を果たすのが、接触追跡者「コンタクトトレーサー(CT: contact tracer)」だ。特に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大が著しく、累積の感染者が約526万人、死亡者が約17万人(WHO状況報告、2020年8月16日現在)に達した米国では、5月以降、新たな仕事として脚光を浴びている。


 州・準州・郡・市レベルの保健担当職員連盟とCDCが必要なCT数を見積もって公開する一方、パデュー大学、カリフォルニア大学サンフランシスコ校、ジョンズ・ホプキンス大学等がCT育成のためのオンラインコースを開設した。



 米CNBCによれば、ニューヨーク州の場合は、クオモ知事が5月時点で6,400~17,000人のCTを雇用予定と発表した。応募者は事前に書類提出のうえ面談を受けてから、ジョンズ・ホプキンス大学が作成したオンラインコース“COVID-19 Contact Tracing”(ブルームバーグ財団が無料提供)を受講する。その後、コースの理解度の評価を受けて適格とされた人が仕事に就ける。


 同大学のコースは、①COVID-19と感染の基礎、②接触追跡の基礎、③症例探索と接触段階のステップ、④接触追跡の倫理、⑤追跡過程において効果的なコミュニケーターであるためのスキルの5セクションから成る。受講時間は約7時間で、感染症や公衆衛生のバックグラウンドは問わず、高校卒業レベル以上であれば理解できるという。


 接触追跡といっても、感染者への面談、濃厚接触者への告知、感染者や濃厚接触者へのフォローアップなど複数の側面がある。知識やスキルだけでなく、対象者と信頼関係を築けることが重要で、CDCも具体的な言葉の選び方を含むCT向けのガイドを作成している。


 日本のCOVID-19対策では常に検査数の増加が課題として挙がるが、それだけで感染拡大は防げない。東京都で見ると、新規陽性者数258.7人に対し、接触歴等不明者159.9人が占める割合は61.8%(8月17日現在、7日移動平均)。「新型コロナウイルス接触確認アプリ(COCOA)」はダウンロード数約1,364万件に達したものの、陽性登録件数は287件(8月17日17時現在)で、機能しているとは言い難い。感染抑制と社会経済活動との両立のためには、人とアプリを併用した接触確認の充実が欠かせない。


【リンク】いずれも2020年8月17日アクセス


◎国立感染症研究所感染症疫学センター/実地疫学専門家養成コース(FETP)「クラスター事例集」

https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000654503.pdf


◎国立感染症研究所「クラスター対策班接触者追跡チームとしての疫学センター・FETPの活動報告(2020年5月20日現在)」(2020年7月17日掲載)

https://www.niid.go.jp/niid/ja/jissekijpn/9744-fetp.html


◎The George Washington University. “Contact Tracing Workforce Estimator.”

https://www.gwhwi.org/estimator-613404.html


◎Johns Hopkins University. “COVID-19 Contact Tracing.”

https://www.coursera.org/learn/covid-19-contact-tracing?edocomorp=covid-19-contact-tracing#syllabus


◎CDC. “Notification of Exposure. A Contact Tracer’s Guide for COVID-19.”

https://www.cdc.gov/coronavirus/2019-ncov/php/notification-of-exposure.html


[2020年8月17日現在の情報に基づき作成]


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本島玲子(もとじまれいこ)

「自分の常識は他人の非常識(かもしれない)」を肝に銘じ、ムズカシイ専門分野の内容を整理して伝えることを旨とする。

医学・医療ライター、編集者。薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師。