今年もこの盛夏の暑さは、連日「危険な暑さ」と表現される状況だった。正午過ぎからの気温が体温を上回り、吸い込む空気が火傷しそうに熱い、まるでサウナの中に居るみたい、ということが珍しくはなくなってしまっている。電力不足に節電なんてどこへやら、新型コロナのおかげで窓を開けて熱い空気をわざわざ取り入れて換気しながら、同時にエアコンで室温を下げるという、とってももったいない生活様式が、新しい生活様式として、今後しばらく続くようである。


 こんな厳しい状況下、人手も資材も限られた大学の薬草園で、なお花を咲かせている植物がいる。黄色いコロンとした花は、エビスグサとハブソウである。それぞれタネが決明子と望江南という生薬になる。これら2種に花の形がそっくりな薬用植物がもうひとつあって、でもそれは日本では栽培が難しく、花が見られるところは限られるのだが、生薬としては、というより、その生薬をエキスにして錠剤や顆粒剤にしたものは、とてもよく処方される医薬品である。名前はセンナ。穏やかに作用する下剤である。


 エビスグサとハブソウは毎年、園のどこかには栽培しているが、園には無いセンナをこの2種から想起したのは、ひとつには、この3種が同属に分類されること、もうひとつはこの酷暑少雨の気候はセンナ向きだよなと思ったから、である。


 さて、センナは穏やかな下剤と書いた。葉と豆型の果実を主に薬用にするが、ここ数年は生薬の年間使用量第1位である。日本漢方生薬製剤協会の資料によれば、果実だけを集めたセンナジツ(センナ実)と、主に小葉を集めたセンナを区別して集計されているが、センナジツだけでも甘草や茯苓など、多くの漢方処方に配合される超汎用生薬類を上回る使用量で、センナとセンナジツ両者を合計すれば文句なしの最多使用量品目である。さらに申せば、7割〜8割の生薬類が中国生産品であるなか、センナジツもセンナも中国ではない国で生産されたものが輸入されて使用されている。



 センナは漢方薬としては使われず、そのまま単味でエキスにするか、粉末にして製剤とするか、あるいは他の生薬類や化学薬品類と合わせて配合剤とするか、の利用が多い。糖衣錠や顆粒剤で見た目は化学薬品と同じであっても、中身はセンナの粉末という医薬品がいくつもある。比較的安全に使えてきちんと効果がある天然物医薬品であるということだろう。身近なところでは、人間ドックや健康診断で、胃の造影剤撮影をした後に渡される、バリウム排出用の下剤の小粒は、センナエキスの糖衣錠である場合が多い。


 センナは比較的安全ではあるが、効果がしっかりある医薬品である以上、大量に摂取したり、必要以上に長期連用したりすると、当然ながら好ましくない状態が出現する。かつて、痩身目的のいわゆる健康食品類が大流行した時、短期間で効果的に見た目の体重を減らして消費者に効果を実感させてアピールするには、商品に下剤を加えてともかく出させてしまえばよいというので、センナの生薬として使わない部位が配合された商品がたくさん出回ったことがあった。痩せたい一心でそういう商品を大量に連続して摂取した消費者に、強度の下痢や栄養不足による体調不良などの健康被害事例が相当数報告され、センナはきっちりと取り締まられるようになった。というのも、生薬として整えて使うのは、葉(小葉)と果実(豆型のサヤ)であるものの、その整える作業で除去される、小葉がついていた細い葉柄や葉軸にも結構な量の下剤効果のある成分が含まれているのである。現在では、下剤効果のある成分量が多くないということが分析の結果明らかとなった太い茎だけが、医薬品ではない分類の商品にも使えるアイテムとなっている。



 センナに含まれる下剤効果のある成分は、配糖体であるセンノシド類やそのアグリコンのアントロン誘導体など、アントラキノン系と総称される多種類の成分である。これらの成分は生薬では大黄(ダイオウ)やアロエにも含まれる成分で、服用すると大腸を刺激して排便を促す。栄養素の吸収を主に担う小腸には作用せず、大腸に作用するため、投与量を適切に設定すれば高齢者や子供にも比較的安心して使える便秘薬というわけである。



 便秘薬には他にも、便に水分を多く含ませて軟らかくして出しやすくする塩類下剤や、下剤成分自身が水分を吸収して膨張し出しやすくする膨張性下剤など、いくつか作用機序の異なるものがあり、身体の状態や生活習慣、持病などによって、適切に使い分けることが肝要である。折からのコロナ禍で外出自粛、在宅勤務が増えて運動不足になり、さらに暑さで少し脱水気味の状況では、便秘と便秘に伴って起きやすい痔疾に悩む諸氏は多いと思われる。軽い便秘や痔疾なら、各自の体質や基礎疾患などを把握した上で上手に選べば、薬局の店頭に並ぶ一般用医薬品の便秘薬で、快適にメンテナンスすることができるはずである。セルフメディケーションの第一歩に、薬局で薬剤師と相談してみられてはいかがだろうか。


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伊藤美千穂 (いとうみちほ) 1969年大阪生まれ。京都大学大学院薬学研究科准教授。専門は生薬学・薬用植物学。18歳で京都大学に入学して以来、1年弱の米国留学期間を除けばずっと京都大学にいるが、研究手法のひとつにフィールドワークをとりいれており、途上国から先進国まで海外経験は豊富。“においは薬になりますか”も研究テーマのひとつ。大学での教育・研究の傍ら厚生労働省やPMDAの各種委員、日本学術会議連携会員としての活動、WHOやISOの国際会議出席なども多い。