アメリカで新型コロナウイルスによる死者が16万人を超えたと報道されている最中に、フロリダ州でヒトスジシマカを撲滅する事業が始まったという。リオデジャネイロ・オリンピックが開催される直前に大騒ぎになった蚊だ。当時、デング熱、ジカ熱、マラリア、さらに西ナイル熱を媒介するヒトスジシマカを撲滅しようと開発された遺伝子操作をした蚊を放つというものだ。報道によれば、遺伝子改編したヒトスジシマカのオスを放すと、そのオスと交尾したメスから生まれたヒトスジシマカは生まれてすぐに死んでしまうのだそうで、ヒトスジシマカを撲滅し、西ナイル熱を防止できるという。


 確かに、世の中に蚊ほど、うるさき、じゃない、厄介なものはない。気温が25度くらいになると、やたら出てくる。蚊取り線香をつけても、それでいなくなるわけではない。江戸時代は火事に備えて家の前に消火目的の用水桶があり、常の水を湛えていた。が、それが蚊を増やすというので、幕府は用水桶に金魚を飼うことを奨励していた。田舎の溜池には蚊の幼虫であるボウフラを食べる鯉を放流させ、その鯉や金魚の糞を食べるドジョウがいたという。


 今日では用水桶はなくなったが、一戸建てやマンションの庭には雨水を一時貯めて、排水溝に流す雨水桝がある。この雨水桝には浸透桝と貯留桝があり、見栄えをよくするためか、建築設計者や建設会社は貯留式の桝を使いたがる。浸透桝と違い、貯留桝だと常に雨水が底に溜まり、蚊の格好の増殖場所になっている。いや、住宅だけではない。都心のビルは格好の蚊の繁殖地になっている。


 多くのビルは地下に貯水漕がつくられている。私の勤め先のビルでも地下1階が社員食堂で、地下2階は更衣室と機械室になっていたが、その下の地下3階は貯水槽になっていた。ビル内の温度は1年中20~26度くらいだから地下貯水槽で繁殖した蚊は冬でも活動している。エレベーターで一緒になることも多々ある。


 かつては東北北部には蚊がいない、と言われていたが、地球温暖化のせいか、十数年前から青森でも蚊が生息している。人間が絶滅しても蚊は生き延びる、という人もいる。実に厄介な生物だ。そんな蚊を撲滅するなんて夢の夢だと思っていたら、遺伝子操作で蚊を撲滅するというのだから、さすがアメリカはすごいことをすると感心した。


 ところが、このヒトスジシマカ撲滅プロジェクトに異議を唱えるグループがいた。蚊を食べるクモやカエルが遺伝子操作されたヒトスジシマカを食べることで何が起こるかわからない、自然環境を破壊する可能性がある、と言うのだ。確かに遺伝子操作された蚊を食べたクモに催奇形性があるかも知れず、自然保護、環境保護に反する行為のようにも思える。


 ところが、ところがである。もともとフロリダにはヒトスジシマカがいなかった、という声があるのだ。蚊の行動範囲は100m程度だといい、ブラジルから海岸沿いにフロリダまで北上したというより、人の移動、船の往来で持ち込まれた外来生物だというのである。外来生物であるヒトスジシマカを撲滅することは、自然保護になるのではなかろうか。それとも外来生物であっても、すでに土着しているからそれを撲滅するのは自然破壊なのだろうか。


 話は変わるが、千葉県佐倉市には農業用水のため池がある。そこにカミツキガメが棲みついているのだそうで、市は毎年1億円ほどの予算を組み駆除しているが、一向に減らない。それに目を付けたテレビ局が『池の水を抜く』という番組でカミツキガメの駆除を放映していた。水抜きの成果はミドリガメが大量に見つかり、在来種のカメは1~2匹。肝心のカミツキガメは1匹だった。それはともかく、このカミツキガメ駆除は在来種を保護する自然環境保護なのか、それともすでに棲みついて繁殖しているのだから自然破壊ということになるのだろうか。


 フロリダに限らず、ヒトスジシマカ駆除は遺伝子操作した蚊を放つしかできそうもない。自然保護、環境保護とは美しい言葉だが、フロリダのヒトスジシマカ駆除は、改めて何が自然保護なのか考えさせてくれる。(常)