日本では“第2波”のピークは過ぎたとみられているものの、新型コロナウイルスのパンデミックは、いまだ収束が見えてこない。今回の感染拡大で、たびたび耳にするようになったのが、「インフォデミック」という言葉だ。インターネットなどを通じて根拠のない健康情報が大量に拡散され、どれが信頼できる情報かわからなくなる状況のことである。
しかし、報道や行政の発表だけでなく、SNSや個人のブログなどを通じて発信される新型コロナの情報は増えるばかり。試しに「新型コロナ」で検索してみたら、7億8400万件もヒットした。8月には、大阪府知事の記者会見での発言で、“イソジン買い占め騒動”も起こった。
発信側への一定の規制も必要だが、いたちごっこの部分もあり、完璧な情報のコントロールは不可能だ。健康・医療情報を受け止める側も、おかしな情報に惑わされない「ヘルスリテラシー」を身に着けておく必要がある。
ヘルスリテラシーを身に着けるうえで、考え方の基本を伝授してくれるのが『健康・医療情報の見極め方・向き合い方』である。
著者は、健康・医療情報を読み解く際の姿勢として、情報は〈あくまで決断・行動の意思決定における判断材料であり、「こうするべき」とか、「してはいけない」といった正解や答えを指しているわけではありません〉〈「これが正解」といった断定的な表現が使われている場合は、逆にあやしいと警戒しておく必要があります〉という。
「経験談」も疑ってかかる必要がある。「○○でガンが消えた!」「アトピーに効く△△」「免疫力を上げる××」……。健康食品の広告や健康コーナーの単行本でよくあるフレーズだ。
〈経験談の最大の欠点は、客観的視点に立って正確に理解し判断するための情報が決定的に不足しているという点〉だ。以前に比べて広告規制が厳しくなってはいるものの、一般の記事や書籍を装って拡散される「ステマ」(ステルスマーケティング)のこともある。
■薬・ワクチンは適切に検証されたか?
新型コロナでもワクチンや治療薬をめぐって、さまざまな情報が錯綜しているが、情報の信頼性を測る際には、〈その情報がどのような研究デザイン(方法)で検証されたものなのかを確認することが有用〉だ。
試験管の中なのか、動物実験なのか、1つの症例なのか、ランダム化比較試験を用いた「治験」なのか、効き目が検証された方法によって、情報の信頼性や実現へのハードルは著しく異なる。
実際に〈メディアの報道記事で、細胞や動物の実験であることをきちんと伝えていなかったり、結果の解釈が間違っていたりする場合がある〉。新型コロナに関しては、通常、医療分野を担当している以外の記者も報道を担当していることも多いせいか、同業者から見ても「どうかな」と感じる記事も多い。
記事や情報の根拠となっている部分は何なのか、本書の第2~3章は、検証方法別の情報の信頼性を解説してくれる。相関関係と因果関係、研究結果の「バイアス」(偏り)など、信頼性を評価するうえで不可欠な知識もわかりやすく解説されている。
新型コロナ関連だけでなく、怪しげな健康食品(法令違反の広告も多い)やいかがわしい代替医療、経験談を評価する際に、役に立つはずだ。
第5章では、適切な情報収集を行った後に行う、医療における意思決定を扱う。
誤解が多いのが、本書でも取り上げられている「科学的根拠に基づいた医療」(EBM)だ。EBMでは、「科学的根拠」だけで治療方針が決まるわけではない。「臨床現場の状況・環境」「医療者の専門性」「患者の意向・行動」も考慮して、よりよい患者ケアに向けた意思決定を行う。
EBMの言葉から受けるイメージとは異なり、患者の病状や医療へのアクセス、価値観、経済状態など、状況によっては、〈科学的根拠が示す結果と異なる判断を示す可能性〉がある。
一方で、〈「効果が100%」の治療法は、医学がいくら進歩したとしても現実的には存在〉しない。医療には不確実性が伴うという認識を持っておく必要がある(メディア関係者でもこの認識が欠落している人は少なくない)。そのうえでの意思決定なのだ。
溢れかえる医療情報のなかから適切な情報を選択し、納得感できる意思決定する――。ヘルスリテラシーは、おかしな医療から自分や家族を守る防衛手段であると同時に、医療の満足度を高めてくれる知恵でもあるはずだ。(鎌)
<書籍データ>
大野智著(大修館書店1600円+税)