衝撃の安倍首相退任発表から1週間、すでに後任の自民党総裁(つまり次期首相)は菅義偉官房長官で“決まり”という状況になっている。ついこの前まで、安倍首相の意中の後継者は岸田文雄元外相、その対抗馬は首相の「不倶戴天の敵」石破茂元幹事長と見なされていたのだが、自民党内の力学で、あれよあれよと雪崩を打つように菅氏が「漁夫の利」を得てしまった。


 この総雪崩状態、あまりにも露骨な「勝ち馬に乗る」「反主流派と思われないようにする」派閥の動きを見ていると、過去7年8ヵ月、「安倍一強」と言われていた状況も、実のところ「安倍首相が強かった」というよりは、誰がボスであれ冷や飯は食いたくない、という今どきの“ヒラメ議員体質”のせいだったように思えてくる。


 興味深いのは、8月29~30日の共同通信の世論調査で、1位石破氏34.3%、2位菅氏14.3%という順だった首相候補の人気が、9月2~3日の朝日新聞調査では、菅氏38%、石破氏25%と逆転したことだ。一般の国民レベルまでこんな調子だと、石破氏の優位が囁かれた都道府県単位の党員予備選挙も、“勝ち馬志向”のムードに飲み込まれそうな気がしてくる。


 先週の本欄で触れたように、週刊文春は首相退任会見(8月28日の金曜日)に先立つ発売日の先週号で『後継は菅「コロナ暫定政権」』という見出しを打ち、ここに至る展開を見事に読み切ったが、その後、各派閥が菅氏支持で急速に固まった土、日、月の流れを週明け発売の各誌はフォローできず、「予測外し」のオンパレードになった。


 最新号の発売が首相会見と同じ8月28日になってしまった週刊現代は、『次は誰が総理? で右往左往 ああ、安倍の「腹」も二階の「腹」も分からない』という情けない見出し。内容も「首相の辞任はあり得るのか」という周回遅れの話だった。31日(月)発売のポストも締め切り段階で首相会見の内容を読み切れず、『ドキュメント「辞められぬ事情」 8・28「体調説明会見」安倍首相「前夜の緊迫」』と似たり寄ったりだ。


 これが9月1日(火)発売の週刊朝日及びサンデー毎日になると、さすがに退任会見を踏まえた内容だが、それでも後継者に関しては、世間が「菅氏でほぼ決着」と認識する段階で、『安倍辞任でどうなるニッポン 菅官房長官 総理への「Go To」失速 本命は岸田文雄』(週刊朝日)、『号砲‼首相後継レース 本命は「棚ぼた」岸田、「天敵」石破』(サンデー毎日)とやらかしている。


 3日(木)発売でタイミング的に恵まれた文春は『二階が牛耳る菅「談合政権」の急所を撃つ』、新潮は『日々没する国ニッポン 菅義偉総理への道』と、違和感のない見出しだが、2誌以外がこれほどに読み違えをしたのは、菅氏の擁立を画策した二階俊博幹事長と、岸田氏推しだった細田、麻生、岸田の3派との関係を、より深い互角の対立と考えたためだった。それを踏まえると、今回の菅氏支持に関し、細田、麻生、竹下の3派がわざわざ共同記者会見を開いた動きには、二階氏に“してやられた”苛立ちが透けて見える。「寄らば大樹」の派閥連合にも、次期政権では勢力争いのきしみが不安定要因として残るのだ。


 それにしても、テレビ各局ワイドショーの菅氏にまつわる報道は「令和おじさん」「苦労人」「やさしそう」といった歯の浮くような追従が目立つ。振り返れば、官房長官としての会見では「指摘は当たらない」「問題ない」などと質問を遮断する対応が連発され、「菅話法」と話題になったものだった。民放報道への圧力も囁かれた。安倍政権はこうした菅氏によるメディア対応も影響して、国際報道団体の「世界報道の自由ランキング」で民主党時代の最高11位から60位台にまで評価を落としている。そういった負の側面には、まったくと言っていいほど触れられない。とにかく勝ち馬に乗る「総ヒラメ状態」に、メディアも組み込まれているように見えてしまう。


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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)など。最新刊に沖縄県民の潜在意識を探った『国権と島と涙』(朝日新聞出版)がある。