ある朝、医薬経済社Sさんからのメッセージが届いた。連絡ついでに「そういえば、女性MR、病院薬剤師、クレーマー患者と医者の話でBEHOLDERいけそうですね」…まるで三題噺である。


 コロナ禍で撮影の停滞が相次ぎ、大枠のバラエティや再放送でしのぐ放送局が増える中、今夏3つの医療関連ドラマが放送された。TBS火曜「私の家政夫ナギサさん(わたナギ)」、フジテレビ木曜「アンサング・シンデレラ」、NHK金曜「ディア・ペイシェント」で、いずれも女性が主人公だ。


 キャッチコピーはそれぞれ、「おじさん、とっ散らかった私のココロもキレイにして!」「患者の未来と、向き合っている。見えないところで、支えている。」「患者様は、神様ですか。」で、視聴していない人にもイメージは伝わるかもしれない。


■「女性●●」は人数上のマイノリティー


「女性MR」や「女医」「女性医師」という言葉は時折聞くが、「女性薬剤師」「女性看護師」を耳にする機会は殆どない。逆に「男性看護師」は話題にのぼることがある。改めて統計をみると、女性の割合は医師21.9%、歯科医師24.1%、MRではさらに少ない14.8%である。一方、薬剤師は61.3%、看護師は92.2%を女性が占める(医療職は2018年厚生労働省、MRは2017年公益財団法人MR認定センター調査)。ことさらに「女性●●」「男性●●」と呼ぶ最も単純な理由は、各職種で人数が少ないという「珍しさ」だろう。




 製薬業界では1993(平成3)年に宣伝者(propagandist)に由来する「プロパー」という呼称を医薬情報担当者「MR(medical representative)」に変更し、1997(平成9)年に第1回MR認定試験を実施した。2000~2017年に男性MRが1.1倍と横ばいであったのに対し、女性MRは4.5倍に増加した。また、2017年でも255人と絶対数は少ないながら営業管理職における女性割合は0.1%から3.0%になった(製薬企業194社、MR業務委託・派遣企業15社、卸1社を対象としたMR認定センター調査)。


 国内で女性MRの採用が本格化した後(2006年)に、ある研究者が外資1社と国内2社の女性MRに聞き取り調査を行い、「薬学部出身でなくても、(会社の研修をしっかりこなし)まじめにこつこつ勉強すれば、MRとしてやっていけるという自信がついた」という文系出身者の言葉を記録している。現在でも同じ就業動機は存在すると思われる。


 また、この外資系企業では取引先医師等からのセクハラ防止のため「女性MRは接待や直行・直帰禁止」「全社員・役職者に徹底したセクハラ研修」と、セクハラ事例が起きたときに対応しやすいよう「個人単位でなくチーム制の営業」を行っていたという。


■健全な家庭と国民衛生への貢献を期待された「婦人薬剤師」


「アンサング・シンデレラ」の病院薬剤師・葵みどりは「患者のために」突っ走るが、それは個人の性格や考え方の傾向で「女性かどうか」は前面に出ていない。しかし、過去には薬剤師が「女性の適職」という観点から、もてはやされた時代があった。


 近代的な意味での日本初の女性医師と薬剤師は1885(明治18)年に誕生したとされる。東京府の医術開業試験・後期に合格した荻野吟子と、東京薬舗学校(東京薬科大学の前身)の第2回卒業生名簿に名がある岡本直栄である。


 それから約30年を経た1917(大正6)年の読売新聞は、女医に次ぐこれからの女性の職業として「調剤婦、即ち婦人薬剤師」を挙げ、その理由を「婦人は性来男子に比較して頭脳が細密である」「こういう数量に関した仕事は、割合に忠実にする」と書いた。


 また、東京女子医学専門学校(東京女子医科大学の前身)等を設立した吉岡彌生は1920(大正9)年、東京女子薬学校(明治薬科大学の前身)の同校出身「女子薬剤師百人祝賀会」に招かれ、「職業婦人として立たれた貴女方」は「既に男子に比肩する腕前がある」のだから、ただ嫁して子供を産むだけで満足せず、「良妻賢母になると同時に活動し」「できるならば研究論文をも発表する精神を忘れないように望む」と激励したという。今からみても、なかなか高い理想像だ。


 当時は第一次大戦での近代的化学戦や国家総力戦の影響で、女性労働力の活用に目が向けられ始めていた。ちょうど世界が「スペイン風邪」の大流行に見舞われた時期でもあり、日本の公衆衛生行政や感染症対策も明治時代の取り締まり・強制隔離一辺倒から、国民の自主行動を促す方向へと転換したとする歴史学者もいる。「良妻賢母」の新たな要素として「科学性」が求められた時代ともいわれる。まだ少数派だった誇り高い「婦人薬剤師」は、流行性感冒予防でも先頭に立って活躍したのではないか、と想像する。


■日医が力を入れる「女性医師」のワークライフバランス


「ディア・ペイシェント」は「患者様第一主義」を掲げる病院に勤務する医師・真野千晶が主人公だが、「最悪のモンスター患者」の攻撃が執拗すぎて正視するのが辛い。モンスター・ペイシェントにつきまとわれないまでも、女性医師は多くの悩みを抱えている。




 日本医師会は2017年、「医療を取り巻く厳しい状況において、医師の勤務環境の実態や女性医師の活躍の整備状況など、その現状を把握し、実効ある支援策につなげる」ため大規模調査を行った。全8,475病院に対して勤務する女性医師への調査票配布を依頼し、無記名での調査委託先への直接返送により10,612枚の調査票が回収された(有効回答数10,373。回答者のうち常勤75%、既婚62%、小学生までの子供がいる「子育て中」38%、末子が中学生以上になった「子育て経験者」14%)。


 その結果、年代にかかわらず最大の悩みは「家事・育児・介護と仕事の両立」だった。また、「医師としての悩み」では「キャリア形成・スキルアップ」と「プライベートな時間がない」が目立った。「男性主導社会・セクハラ等」の「女性医師としての悩み」は、軽視はできないものの、家庭と仕事の両立やキャリア形成と比較すると少なかった。


 総じて30~40代の医師は多くの項目で「悩みがある」と答える割合が高いが、「男性主導社会・セクハラ等」「配偶者の非協力・無理解」「配偶者の家族の無理解」は50代以上の方が高く、世代あるいは時代の差が感じられた。

 

「悩みは性別に関係ない」との回答が多かったのは、「病理・検査科」(4.3%、n=224)、「外科」(3.7%、n=545)、「精神科」(3.3%、n=543)だった。それ以上の詳細はないが、業務や診療の内容によるものか、医師としての気概か、理由を聞いてみたい気がする。


 さて「女性MR」に話を戻そう。「わたナギ」の相原メイは「天保山製薬・横浜支店」のデキるMRだが、家事は全く苦手。28歳の誕生日に妹が手配した、おじさんなのにスーパー家政夫(しかも、かつて大手製薬企業のMRだった)「ナギサさん」が現れて…というお話だ。


 全9話で終了したかと思いきや、9月8日早々にその後を描く「新婚おじキュン!特別編」が放送されるとか。家政「夫」の異動で家事サポートをしてもらえなくなったら、もしも子供ができたら、メイの仕事との向き合い方は変わるのか…は描かれないだろうが、業界の人は突っ込みながら見る、門外漢は「へぇ」と知らないことに驚く医療関連ドラマ、気楽な気持ちでテレビをつけてみるのも一興だ。おあとがよろしいようで。


【リンク】いずれも2020年9月3日アクセス


◎公益財団法人MR認定センター「MR白書」→2010~2019年版掲載

https://www.mre.or.jp/info/guideline.html#guideline2019


◎小倉祥子. 実態調査からみる女性MR職の参入と定着. 生活経済学研究. 2006; 24: 45-52.

https://www.jstage.jst.go.jp/article/seikatsukeizaigaku/24/0/24_KJ00004589148/_pdf/-char/ja


◎木村友香. 戦前期日本の女子薬学専門学校に関する研究. 早稲田大学大学院教育学研究科紀要. 2019; 26(2): 77-87.

https://core.ac.uk/download/pdf/196158286.pdf


◎日本医師会女性共同参画委員会、同女性医師支援センター「女性医師の勤務環境の現況に関する調査報告書(平成29年8月)」

https://www.med.or.jp/doctor/female/research_surround/


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本島玲子(もとじまれいこ)

「自分の常識は他人の非常識(かもしれない)」を肝に銘じ、ムズカシイ専門分野の内容を整理して伝えることを旨とする。

医学・医療ライター、編集者。薬剤師、管理栄養