安倍首相の退任表明から瞬く間にその後継の座を手中にした菅義偉官房長官。一気呵成に流れを決めたその手腕は、秀吉が主君信長の死後、巧みな仕掛けで他の家臣を出し抜いた「清須会議」を思い起こさせるが、安倍首相のような“盤石な一強体制”を築けるか否かは、まだまだ流動的な点が多い。


 ひとつは二階俊博・幹事長と菅氏という、春先には党内の傍流に外れかけたコンビが、思わぬ奇襲攻撃で主流派を出し抜き、主導権を握ることになった内幕が徐々に見えてきたことだ。不承不承、流れに従った主流派閥にしてみれば、自分たちの勢力維持のため、今後ポスト争いなどさまざまな局面で、新政権を牽制してゆくだろう。露骨な路線対立にはならなくとも、水面下での駆け引き・神経戦が続くものと思われる。


 ここで大きいのは、後見人と目される二階氏が従来から、「親中派の親玉」として安倍首相のコアな右派支持層から目の敵にされてきたことだ。各種世論調査で圧倒的支持を受けるかに見える「菅氏後継」だが、この“主流派vs.二階氏”という対立へのネット世論を眺めると、右派読者の書き込みには二階氏への嫌悪感を示すコメントが実は少なくない。菅氏本人も明確な国家観のない政治家、と見られていて、安倍氏のようなイデオロギー的親衛隊の形成はなかなか見込めない。


 また先週来、テレビの情報番組では「パンケーキ好き」「苦労人の優しい人」といった菅氏への“提灯報道”が連日見られたが、官房長官として霞が関人事を思うままにした冷酷な一面もネットや週刊誌で報じられるようになった。例えば、10日配信のAERA.dot.には、『官房長官に意見して“左遷”された元総務官僚が実名告発「役人を押さえつけることがリーダーシップと思っている」』という週刊朝日記事が出た。右派読者が多いヤフーニュースでも流れたが、「(朝日系の報道のため)アレルギー反応が出るのはわかりますが、(当該官僚が反対を具申した)ふるさと納税制度にこの方(元官僚)が指摘する欠陥があることは事実」という記事擁護の書き込みが(賛同者の多い)コメント欄トップに載っていて興味深い。


 そんなわけで、今週の各誌見出しを見てゆくと、週刊ポスト『菅義偉「姑息な新宰相」“安倍官邸乗っ取り”の全内幕』、週刊現代『菅と二階「お主もワルよのう」政権』、週刊朝日『菅義偉“首相”のギラつく野心』、週刊文春『菅義偉「美談の裏側」集団就職はフェイクだった』、週刊新潮『「菅総理」その金脈と人脈』という具合。ワイドショーが広める“優しい令和おじさん”というイメージとは真逆の書かれようだった。


 ちなみに、文春が取り上げた「集団就職はフェイク」という話は、従来から菅氏の「たたき上げ・苦労人人生」を彩る話としてよく知られた集団就職(地方出身の中卒の若者が教師に引率され、団体列車で都会に出て、職探しをした歴史的光景)のエピソードについて、実際には氏は秋田の寒村出身だが、実家は地元屈指の富農であり、氏は高校卒業後、学校の紹介で東京の工場に就職したことが暴かれている(このことは他誌記事でも多く報じられた)。


 ここに来て石破茂・元幹事長や岸田政調会長と3候補でニュース番組に出る機会も相次いだが、人前での討論ではやはり他の2氏に劣り、“寝業師”との印象は拭えない。ただ一点、今後プラス要素に化ける可能性としては、河野太郎・防衛相と小泉進次郎・環境相という若手人気政治家の重要ポスト起用が囁かれることだ。彼らの人気により政権全体の支持率が高まれば、党内で一気に優位に立つ可能性もないではない。国の行方を問うオープンな論戦とはほど遠いが、今後約1年間、次回総裁選への水面下での「寝技の戦い」は、菅首相の体制が長期本格化するか、短期の「つなぎ」として消え去るか、権謀術数のゲームを観戦するような“野次馬的わくわく感”がどうしても沸き起こってしまう。


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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)など。最新刊に沖縄県民の潜在意識を探った『国権と島と涙』(朝日新聞出版)がある。